焼きそば
【今朝起きた時間】 7:00
◇8:40 小さな揺れの地震。
◇TVを見ていて、面白かったので・・・
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≪やきそばのルーツ≫
明治時代、文明開化の頃、東京で、ソースを使うというのが
ハイカラ気分を出す、ということから、焼きそば、が生まれた。
ただ、この焼きそばは、麺にソースをかけ炒める、
というシンプルなものだった。
その質素な焼きそばが、大阪に伝わると・・・
大阪には庶民の代表のおこのみ焼きが存在していた。
大阪人は合理的なので、お好み焼きの材料である
豚バラ肉、キャベツを、焼きそばに使ったのだ。
お好み焼きは、出来上がるまでに、ジックリ待つので、時間がかかる。
焼きそばは、お好み焼きができあがるまでの間に食べられるし
ソースの香りや焼く音を楽しめるというので、
庶民の間に広まっていった。
全国に広がって行ったのは、大阪で食べた人が、それぞれの
ふる里に持ち帰ったからではないか、と言われている。
さて、各地の個性あふれる やきそばを紹介していた。
@栃木県の焼きそば:豚ばら肉のかわりに、蒸かして乱切りしたジャガイモ入り。
何故ジャガイモが入るのか?
芋フライ・・・くしに刺して衣を着けたジャガイモを油であげる。
この芋フライは、栃木県の方には、コロッケより日常的な食べ物。
当時は、お米が貴重だったため、ジャガイモを食べていたため
ジャガイモ料理が工夫されていた。
明治時代になると、その地域にソースが作られた。
(創業110年のソース工場の創業者の方が東京に行ってソースを知り
地元に帰って来てソースを作った。)
全国で、栃木県民は、いち早く、ソースを知った。
そこで、もともと、よくジャガイモを食べていたので
ジャガイモをソースで炒める、と言う食べ方がうまれた。
当時としては、ソースを使うということで、ハイカラだったからだ。
それが、いつの間にか、子供のおやつになっていった。
東京の麺だけの焼きそばとジャガイモのソース炒めが合体された。
広まった理由は、当時は繊維工業が盛んな場所だったので、そこで働いていた
若い女工さん達のお昼ご飯に、腹持ちがいいというので人気が出た。
その女工さん達が、家庭に入って、広まっていったという。
@青森県 黒石市:つゆ焼きそば
醤油味とソースの香りのする汁にテンカスがの ... 次≧
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