longingly8さん
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08年03月31日
ボローニャ方式の話 |
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< 破壊工学と折り紙
| 高校の恩師を思い出... >
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写真1:夏のボローニャ 、写真2:ボローニャの塔から見た市内の風景、 写真3:ボローニャのネプチューン像
【聴覚の情景分析】
「聴覚の情景分析(auditory scene analysis)」とは?
☆我々が二つの耳を使って体験するのは、「音の高さ」や「音色」や「音の到来方向」などではなく、「家族の話し声」、「車の警笛」、「蛙のコーラス」 などの具体的な音です。「どんな音が、どこで、どんな風に鳴ってて、他の音との関係はどうなっているのか」を把握する働きが「聴覚の情景分析」です。
☆音脈分凝について:方便になりますが、「聴覚による音源分離」と言えば解りやすいかもしれません。 ただ、我々がこの言葉から普通思い浮かべるのは、もっと限定された実験室的な状況です。
典型的なのは、周波数の高い音Aと、それよりもずっと(例えば2オクターブ)周波数の低い音Bとからなる音列が、 比較的速いテンポ(例えば10音/秒)でABABAB--と呈示された場合で、高い音の音脈(stream)A-A-A--と、
低い音の音脈B-B-B--とが、はっきりと分かれて聴こえます。 つまり、ABAB--という順番ではなく、AのかたまりとBのかたまりとが、並行して聴こえます。
A、Bの周波数が離れているほど、また、Aの始まりから次のBの始まりまでの時間間隔が短いほど、この現象は起こりやすくなります。 似ていない音は、別々のまとまり、つまり音脈を形作りやすいわけです。
聴覚系は、このような過程を通じて、複雑な音の絡み合いから、意味のある情報を抽出し、さらに音どうしの関係を把握するわけですから、 これは確かに「情景分析」です。
オーケストラの音の中から特定の楽器の音を聴きとり、音楽全体の中に位置づけるような状況を考えればよいでしょう。 特定の音を聴きとるという点では、いわゆるカクテルパーティー問題にも通じる状況です。
耳に届いた様々な聴覚信号は、一旦ばらばらの神経信号になりますが、聴覚系は、それらを人の声や楽器音などの組合せとして再構成しなければ なりません。このときに、いろいろな原則や文法のようなものを用います。
【ボローニャ方式】
”ボローニャ紀行”著:井上ひさしの内容紹介 「 歴史に学び、市民が知恵と愛情を結集して、イタリア有数の豊かな街となったボローニャ。『ボローニャ方式』っていったいどんなこと?」 を受けて調べた。 _________________
それはイタリアのボローニャという町のお話。
その地方は泥棒天国と言うくらい盗みが横行していて、いかに芸術的に人の物を盗るかその技を競い合っている感もあるとか。 井上氏も同行したテレビ局の人も、お金や書類の入っている大切なバックを盗られてしまい、テレビ局の人は一週間前にもカメラの機材などを
何人もの目の前で、あれよあれよと言う間に全て持ち去られたとか。 盗むと言うより本人の承諾なく、その人の持ち物を頂戴するというところでしょうか。
全く何て国だろうと、開いた口がふさがらないそんな気持ちでした。ボローニャは南北2kの小さな町に人口39万人。 でも国などの行政を頼らず町の人たちは、何でも自分たちの力で解決していくことを信条としている。
例えばホームレスがいるとまず、学生たちが町の中を歩き調査して、衣料、食料など手に入る場所の情報を新聞社に掛合い記事にして それを求める人たちに提供する。仕事だって、やる気さえあれば出来るような伝を作ってくれる。
それに答えるように町の人は、無料で場所を貸してくれる人も現れる。 そういう所でリサイクルショップを始めたり、乞食劇団というのさえあるそうです。そしてそれを買ったり、見たりして町の人は協力することも忘れない。
とにかく町の失業率をゼロにすることに努力を惜しまず、歴史を積んで町を作ってきた。お年寄りを大切にし、古い町並みを壊さずに残しておく。 自分たちの町は自分たちの手で作り守っていくという意識をみんなが持って暮らしている。
だからこそボローニャ方式という町づくりが世界中から注目を浴びているのだ。 「自分がしなくても、誰かがやってくれるだろう」と言う気持ちがあれば、それを改め、ボローニャの人々のように、
自分の町が世界で一番住みやすい所にしていこうという気持ちを持つことが大切。 一人一人の持つ力は小さなものでも集まれば大きな力になっていくという事だと。
【今日の一遍】
(子供を叱る) この子にはどれほどの痛みと どれほどの反省があるのだろうか
胸の中を透(す)かしてみたい そんな思いに駆られる
わかってほしい一心で思わず机をぶつ まっすぐに眼を見みて!
手のひらの痛みが そのまま心の痛みとして伝わる
子供たちになぜこうさせてしまったのか もっと他の方法はなかったのか
自分への憤りと不安 言葉もつまりとぎれがちになる
中学のころ 生徒の悪い行為は自分の教育の責任と 自分の頬をなぐらせた教師がいた
そんな教育者のようになりたいと思っていた 子供の眼からこぼれ落ちる涙を見たとき
いいようのない もどかしさがこみあげてきた
あのね、せんせい 一かけらのためらいもない声
まっすぐな瞳にとまどうばかり 私が感じた子供との隔たりを
すぐに埋めてしまう 子供から逃げてはいけない
今からまた子供に体当たりだ (保育士 千明啓子)
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