longing8さん
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08年07月19日
失敗知識データベース |
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★失敗を生かせ、科学技術の事故データベース
JSTは、「失敗知識データベース」を以下のURLから無料で一般公開しています。
このデータベースは以下のような特徴を備えており、単なる事故事例データベースとは異なり、 失敗事例を分析して教訓を抽出し、知識として活用できるようなデータベースを目指して開発しました。 (事業統括:畑村 洋太郎 工学院大学教授)
機械、材料、化学物質・プラント、建設の4分野で約1,000件のデータを搭載。 「失敗百選」として失敗事例の中から国内外の典型的な事例を100例程度取り上げ、読みやすく記述。
畑村教授は「失敗を防ぐには、他の業界や社会の失敗から学ぶことが重要。 単なる事例集ではなく、教訓や再発防止のヒントを分かりやすく解説した」と話す。 http://shippai.jst.go.jp/fkd/Search?dt=1 _________________________________________
→ 過去の事故に学び、不幸な事故を未然に防ごう。 インターネットと云う仕組みは素晴らしい。 そこに様々なデータを入力してくださる方々の誠意があいまって 世界中の人々が恩恵を受けていると思う。 私利私欲に走るこの時世に徳とは何かを考えさせられる。
★座席と成績と叱責 (日経新聞 2008.06.28) 産業能率大の松村教授(統計解析)が調査研究したところ 「学生の「座席行動」すなわち着座位置の選択は、授業に対して意識的、無意識的に送るメッセージなのでは」
と仮説をたてて、席の好みと、「授業の理解度」「授業に対する評価」との関係を探った。05年と06年後期授業を基本にした。 (授業の仕方を改善するヒントを見つける目的だそうです)
その調査の結果は まず「座席行動」には習性がある。 席を「前」「中」「後方」に分けて考察するとどうもゾーンが決まっている。 ①授業の理解度 ・前方が成績がよい。 ・後方は振るわない。
②「授業評価」 配布資料は役立ったか? 教員の言葉は明確か?アンケートを実施。 ・好意的の「前方」 ・辛い評価「後方」
06年には、この発見を学生に示して授業を始めたところ学生は気にして席を回遊したようだが、 それでも同じような結果が得られた。
◇
松村教授は次の計画で「学生が着座位置を決める要因」を探究するそうです。 ・個人の性格か、 ・友人が誘うからか。 「どんな分析になるのか楽しみだ。ただ、かっての後方組には心配もある。『生き方の積極性、消極性が大きな要因』なんて、 わが過去が叱責されるような結論が出たりしないかと。」 ________________________
→ 調査結果には、己の心に問えば「そうだな」と合点がいく。
★語る 日経新聞 2008.06.22 桐野夏生
【大企業のOL殺人事件に材をとった「グロテスク」、社会の底辺に生きる若者たちを描いた「メタボラ」など 時代と切り結ぶ作品を世に送り出してきた。だが「社会派というつもりは全くない。
私は小説を書くことで自分という人間を探求してきただけ。 私にとっては、私自身が一番の謎だから」。
旺盛に作品を発表しているが、「昨年はスランプだった」と明かす。 昔は傲慢にも「言葉で全てを表せる」と思っていたが、言葉を尽くしても言い表せないことがある。
全能でない道具を使って表現することをむなしいと感じた】
だが模索の時期を経て、言葉の呪縛から自由になったという。 「凝った文体でうまく表現した気になるのではなく、もっと荒々しくラフな言葉を使った方が人間を描けると今は思う」
小説を地でいくようなショッキングな事件が珍しくない現代。 「物語は現実を凌駕する強さをもつべきだと考えている。時代の無意識が表れるような作品を書くために努力したい」」 ________________________
→ 「小説を書くことで自分という人間を探求してきただけ。 私自身が一番の謎だから」 に漠然と思っていることを明確な言葉で表現してもらった気がした。 印象深い言葉である。
★今日7月19日は息子29歳の誕生日 昭和54年の今日は涼しく都立大塚病院(母子に特化している)でも避暑地にいるようだった。 確かオールスターを見損なった気がする。ずれればいいなと願っていたのに。 体調もよく7月7日の七夕にはまだ出勤していた。休暇に入ったのは10日からだったと思う。 家にいてもすることがなくずーと出勤していたのである。
当時の都立大塚病院では、「元に戻すのには2か月が勝負よ。それを過ぎたら弛んだ皮膚の下に脂肪がつき落とせなくなるからね」 と 入院中の午後一斉に音楽が鳴り、足あげ体操をしてお腹に脂肪のつくのを防止していました。 その甲斐あってか4ヶ月後には前のスーツを着て職場復帰を果たせました。
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