亡き息子とずっと対話【longingly8さんの健康管理カラダカラノート】

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08年10月05日

亡き息子とずっと対話

< no title  | 県境 未定地 まだ... >
★亡き息子とずっと対話    ( 朝日新聞 2008.10.3 )
 山口県周南(しゅうなん)市の長久寺(ちょうきゅうじ)住職、有国智光さん(51)は2年前、15歳の息子を小児がんで亡くした。
 3年におよぶ闘病。宗教者として、一人の父親として揺れ動いた心は、やがて平穏を見いだす。
 静かな山寺で、かつての葛藤(かっとう)と今の思いを尋ねた。

 ――長男の遊雲(ゆううん)さんの右足首に腫れ物ができたのが2003年秋。
 小児がんが疑われ、医師に「最悪の場合、あと3年の覚悟を」と告げられたのですね。
 いったいどう受け止めたらいいのか、持ち合わせの言葉はありません。でも、不思議にパニックにはならなかった。
 状況を把握していれば、不必要におびえなくていい。
 だから 「こわいのは転移するからだよね」 と、科学的に一つひとつ説明していくことにしました。

 「楽しむ」のが上手な子でした。腫れ物には「影丸」と名をつけた。
 自分の影に向かって「おとなしく収まっていてちょうだい」という響きですよね。
 きつい抗がん剤での治療中も歯を食いしばるのではなく、ポテッと横になっている。つらさに柔らかく身を寄せ、それと一つになっている。
 つらさそのものに下から支えてもらっているような、つらささえも楽しんでいるような姿に見えました。
 つらさを認め、逆らわない。どんなにつらくても直視する。そのこと自体に救いがありました。

 ――親もつらいですね。
 「この子が死んでしまうとはどういうことだろう」との思いで、はらわたがねじ切れてしまいそうだったこともあります。
 そのとき、自分のつらさの実体を見つめようとしました。
 誰かを 「かわいそう」 というとき、自分は高みに立ったまま、安全圏にいる。
 相手のことを慈しんでいるようで、実は、自分がつらさを見たくない、ということではないでしょうか。
 私は、我が子を亡くす現実を認めるのが一番つらく、目を逸らしていたのです。
 結局、大切にしていたのは自分自身のことと気づきました。


 ■宇宙にぽっかりいるような孤独感

 ――そこからどのように現実を受け入れていったのですか。
 「孤独」という言葉を手がかりにしました。社会的な孤独感ではなく、宇宙にぽっかりといるような、むき出しの孤独感のことです。
 我が子であろうとも代わってあげられない。私もまた、だれにも代わってもらえない唯一の存在。
 そんな宇宙的な孤独を受け入れていくしかありませんでした。

 ――「代わってあげたい」という発想とは違いますね。
 彼のつらさは彼にしか分からない。だから「遊雲のつらさ」に寄り添うのではないのです。
 私の中に投げ込まれている私自身のつらさに寄り添うしかない。
 つらささえも楽しむ遊雲。じゃあ、父さんも同じことをしよう。子を失う父であることを楽しもう。
 子に先立たれる父として、のうのうと生きていこう。そう覚悟しました。

 遊雲よ、あなたはあなたの生を生きよ。
 父さんは父さんの生を生きる。
 そう思いました。

 やがて体中への転移が見つかります。
 しかし私には、死にかけているかわいそうな遊雲ではなく、
 精いっぱい、その時にいのちを輝かせている遊雲として見えてきました。
 私は死の瞬間には立ち会っていません。
 母親に 「ありがとう。みんなにもありがとうって言ってね」 と告げたそうです。
 そして「ぼくはもう往(い)きます」と。


 ■大きな悲しみは慈しみにつながる

 ――今はどのようなお気持ちですか。
 はるか昔のことのような気もするし、今もあの子がいるような感覚でもある。あれから2年、という実感はないですね。
 思い出すのは彼の目です。好奇心いっぱいで、話に聴き入るときのキラキラした目。
 何かいたずらを考えているときのクリクリッとした目。
 思い出していると、見つめているつもりが、見つめられる。
 自分がどれだけ成長したか、いろんなことに気づくことができたか。ずっと対話している感じです。

 あの子は 「大きないのち」 へ還(かえ)っていった。「全宇宙」と呼んでもいい。
 私を包んである一切のものです。遊雲のことも重なって、より親しみを増した「大きないのち」になりました。
 それがつねに私を見守り、支えてくれている感じなのです。

 小さい悲しみはやがて消えていく。深い悲しみは私を育てる。大きな悲しみは慈しみにつながる――。
 そんなことを考えます。いま、まったく悲しくないと言えば、うそになります。
 でも私はもう、「小さい悲しみ」 を超えた 「大きな悲しみ」 に触れている。そのように納得しています。(磯村健太郎)
 ____________________________
 → >あの子は 「大きないのち」 へ還(かえ)っていった。
  このことから、“何十億年の人間のいのち” と “個の命”を考える。

  最近、自分の死を怖く思わなくなってきた。
  人のその細胞は子へ孫へと続いて生き続けている。
  一過性の身体は細胞を継承する役目を果たし死す。
  生物とはそんなものかな、と思えるから。


★厳しい規制が始まった!
  スポーツ界の帰化問題

 北京五輪の卓球で、アジア系の顔立ちなのに、欧州やアフリカの国の代表としてプレーしている選手を多く目にしたのが気になった。
 その多くは中国から帰化した選手だという。
 国内の選手層が厚く、なかなか国際大会に出られない若手中国人選手が、国籍変更しているケースが増えているそうなのだ。

 こういった現象は卓球に限ったことではない。昨年、サッカーでも選手層の厚いブラジル生まれの選手の安易な帰化増加が話題に。
 FIFAのブラッター会長の発言によると
 「我々は選手の帰化にブレーキをかける解決策をみつけださなければならない。
  注意しなければヨーロッパだけではなく、アジアやアフリカにもブラジル人が押し寄せてしまう」
 とのこと。
 また、陸上でも近年、ケニアなどアフリカの陸上レベルの高い国から中東諸国へ国籍変更する選手が増えているが、
 なかには次のようなケースも。

 「中東諸国への帰化は、カタールが2006年のドーハ・アジア大会などに向けた国威発揚のために行ったのが増加のきっかけ。
  一生にわたる生活の保障を持ちかけたりした例もあって、なかには世界トップクラスの選手の帰化もありました」
        (『月刊陸上競技』編集局長・土谷公二氏)。

 帰化問題で危惧されるのは国際大会の意義や盛り上がりが薄れること。確かに出場選手が特定の国出身者ばかりになると…。
 それが現実化しつつあるのが冒頭の卓球。

 「そこで国際卓球連盟は新たに厳しい規制を決定しました。
  帰化した国にふだんは全くいないため、その国の競技普及、レベル向上にも寄与していない選手がいたり、
  帰化した国の選手やコーチのモチベーションが落ちた例もあるので致し方ないでしょう」(『卓球王国』編集長・今野昇氏)

 「個人の自由の尊重」やもともと移民が多く、帰化に寛大な国の存在など、複雑な事情が絡む帰化。
 なかには(従来からあった)本当にその国にとけ込んだうえでの帰化もあり、一概に批判はできない。
 要は「節度」の問題だ。(田沢健一郎)
              ◇
 国際卓球連盟が規制
 ○21歳以上の選手が国籍変更した場合、ITTF主催の国別対抗試合(世界選手権やワールドカップなど)に出場できない。
 ○15歳未満の場合は3年間、15歳以上~18歳未満は5年間、18歳以上~21歳未満は7年間、該当国際大会に出場できない。
 日本の場合、吉田海偉はたぶん大丈夫だけど、韓陽はひっかかるなぁ
              ◇ 
 中国があまりにも強すぎる卓球界。
 世界ランキングは、帰化選手を含めると
  男子は20位中10人、
  女子は20位中なんと17人が中国人!!!!!

 ちなみに中国人以外で一番ランクの高い女子選手は福原愛選手。
 ______________________
 → 中国で卓球をするってことは 国内=世界 のようだ。
  13億と1億の人口で代表人数が一緒だったら 代表になる確率は1/13。
  選手には気の毒な話である。


★コトノハ・言の葉
 【眼力】(がんりき)
  ガンリョクとも。
  1.眼の力。
  2.物事の真偽・善悪を見分ける力。「鋭い―」
   《広辞苑・第五版》

 最近耳にした(目にした?)ことばに、

  眼力(めじから)

 というものがありました。
 昔から、ながら族の私なので、何となく点けていたTVの深夜帯の番組でこの言葉を耳にし、目にしました。

  物事の真偽を見極める眼力をクイズ形式で競う番組

 とありました。番組の至る所に「眼力」という文字がありましたし、クイズ番組の内容からすればこの「眼力」の読みは当然「がんりき」
 だろうと思うのですが、番組の中で「眼力」は間違いなく「めじから」と読まれていました。
 いつから「眼力」が「めじから」と読まれるようになったのだろう。
 そしていつから物事の真偽を見分ける力を「めじから」と呼ぶようになったのだろう。

 「めじから」という発音の言葉は聞いたことがあります。某化粧品メーカーが目の印象を強めるような化粧をについて、
 「めじからを強くする」という表現をしたことがあり、それが次第に一般的な表現として定着してきているようです。
 ですが、この場合の「めじから」は強いて漢字で書けば「目力」じゃないかな。
 今回のように「眼力」とかいて「めじから」と読むようなことはなかったと思います。

 物事の真贋を判定する優れた人やその能力を「めきき」といいますから、この「めじから」もそれに類する表現なのでしょうか。
 でも「めきき」は「目利き」で「眼利き」ではなかったはず。TV番組だから人目を引く何かが必要なのかも知れませんが、それにしてもね。
 眼力を「めじから」と読むのはどうでしょう?

 それとも私が知らないだけで、物事の真偽や真贋を見分ける力を「めじから」と言い表すことが既に行われているのでしょうか?
 さてその真偽は?
 見分ける眼力は「がんりき」か、はたまた「めじから」か?
 __________________________
 → 以前、安室奈美恵だと思ったが「素足」のことを「生足」と言った。
  非常に耳障りな言葉と思ったが、その後他でも「生〇」の表現がつかわれてきた。
  まだ、辞典には載ってないが、そのうち俗語として載るのか。
  語彙力、表現力の乏しいタレントのTVでの発言の影響は大きい。
  周りにやんわりと訂正できる大人はいないのか。
  

★ランラン大賞  aspara
 メダル獲る水着は今に鱗付き  八十日目・69歳
 _________________
 → 鱗を付けたら速くなる?
  スピード社の水着と戦わせたらどちらが速いのかな?




【記録グラフ】
睡眠時間
6.5時間
睡眠時間(時間) のグラフ
   
コメント
ゴンジャ 2008/10/05 20:45
コピーさせて頂きました。最近死についてよく考えます。親友が病気で亡くなってから、本当に悪い病状の人のお見舞いはこわい。がんばって、早く良くなってね。最初そう言ってました。ある時新聞で入院患者は治療頑張ってるし、早く完治するために必死。がんばってと言われると本当に心が疲れてしまうと書いて有りました。今でも後悔してます。亡き友と対話できたら良いですね
longingly8 2008/10/05 22:11
ゴンジャさん
 今晩は。
 私も新聞で「頑張ってと言わないで」の記事を見てから「頑張って」がつかえなくなりました。
 若者の死には、志半ばで此岸から彼岸へ渡らねばならぬ無念さを考えると残念でなりませんが

 一歩引いて考えると、
 生まれたものは、いずれは「病死、事故死、老衰」のどれかで彼岸へ旅立たなければならないのが生物の宿命。
 短命の方、中命の方、長命の方全員の誕生がこの世に必要だと思います。
 赤ちゃんのうちに亡くなってしまってもその誕生は家族の大きな歴史であり影響を与えているはず。
 死に行く方は此岸にいる我々に自分の死をもって「いのちの大事さ、人の愛、憐れむ心」と沢山の宿題を課して
 教育してくれている気がします。
 だから、大事な方を失った方は心が一回り優しく大きくなっているんですよね。
 それが絶えず繋がって、おおきな“いのち”として生き続けている。
 そんな気がいたします。
 
ブルドッグ 2008/10/05 23:55
長久寺さんの記事。生きることの意味が観念的なものと違うと言うことが良くわかりました。
こちらも歳のせいで友人その他の人の死に直面することが多いのですが、矢張り色々と感じます。(特に長期に入院していた友達については感ずることが多い。)
考えさせられる記事でした。
pino5 2008/10/06 09:25
私も、天から与えられた寿命を全うしようと思います。

でも、わかってはいるけれど、現実受け入れられるかな。
まだ、どうなるか、分からない自分の未知なる部分。
でも、理想は、涙で読んだ…有国智光さんの様な気持ちに
近づけたらいいな・・・と思います。
longingly8 2008/10/06 22:53
ブルドッグさん
 有国智光さんが長久寺の住職ということもありますが
 死に対するお考え方に深さを感じ、すぐにこの記事を探しました。
 こうして載せておくことで繰り返し読むことができます。
 最近はスクラップしても見なくなってしまいました。
longingly8 2008/10/06 22:58
pino5さん
 本当にこの記事は涙が出てしまいますね。
 私も有国智光さんの様な
 「私の中に投げ込まれている私自身のつらさに寄り添う」生き方に近づけるようにと願っています。
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