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08年10月15日

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★グレゴリオ暦の誕生日
 今日は 10月15日。
 グレゴリオ暦への改暦が行われ、この暦による最初の日付となったのは1582年10月15日ですから、言うなれば本日はグレゴリウス暦の
 誕生日のようなものです。ということで本日はこの話を。

◇ユリウス暦からグレゴリオ暦へ
 グレゴリオ暦の前身はユリウス暦と呼ばれる暦でした。
 ユリウス暦の特徴は、平年は 365日で四年に一度のうるう日が二月末に挿入されることで 366日となるという、
 なじみのあるうるう日挿入方法です。

 このユリウス暦はあのジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)が作らせた暦で、ローマ帝国の版図で使用されました。
 また暦そのものは解りやすくて、またそこそこ正確な暦でしたから、当時のヨーロッパでは事実上の標準暦となっていました。

 グレゴリウス暦はこのユリウス暦の改良版です。ユリウス暦の「四年に一度のうるう日」の挿入によって調整される一年の日数は、
 ほんの少しだけ本当の一年の日数より余分でした。

         ※1年の平均日数         : 365.25日 ∵(365×3+366×1)/4
          実際の太陽の年周運動の周期: 365.24219879…日
          年差                  : 約0.0078日(約11分14秒)。

 余分とはいっても、その「余分」は 128年でようやく 1日分になるほどのものでしたから、100年や200年の間はどうってことの無い量
 ですが、ユリウスが改暦してからおよそ1600年近くも使われ続けていたので、小さな差もつもり積もって10日程の「余分」となってし
 まっていました。グレゴリオ暦への改暦は、この10日の余分を取り去り、さらに年々の「余分」の量を小さくするための小修正でした。

 「余分」の量を小さくする工夫は、四年に一度のうるう日挿入を、 400年のの間に 3回だけ省略するというものでした。
 現在日本で使われている暦(新暦)はグレゴリオ暦と同じものですので、1900年や2100年などは四年に一度の周期にあたる年ですが、
 うるう年ではなく平年になります。

◇十日の余分をどうするか?
 さて、うるう年挿入を 400年に 3回間引くことで、当面こうした一年の日数の「余分や不足」はなくなりました
 (3000年経ったら悩みましょうという程度には)。

 この「将来のための修正」はさほどの問題とはなりませんでした。
 なんといっても1582年の改暦後、最初にこうした閏年の間引きが行われたのは改暦後 100年以上経った1700年なのですから、
 当面の悩みにはなりません。問題は将来にではなく、過去との連続性でした。

 当時既にユリウス暦の誤差の累積によって、10日の余分が生じていた訳です。
 解りやすくいえば、暦の上での春分は3/21でしたが、本当の春分はその10日前の3/11となってしまっていたというものです。

 ユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦ではこの「10日の余分」をどう扱ったかというと「余分な10日間を暦から削除」したのでした。
 具体的には暦の上の日付は

  【1582年10月4日 の翌日を 1582年10月15日とする】

 というものでした。10日間が削除されていますから1582年の暦の上の 1年の日数は 355日となりました。

◇十日ずれていたユリウス暦で困っていたことは?
 この「10日のずれ」が大きな問題だったのは一般の人々の生活ではなくて、キリスト教の祭礼の日付だったのです。
 キリスト教の祭礼の中でももっとも重要な祭礼は「復活祭(イースター)」です。

 この復活祭の日付は春分の日を基準として数え始めるルールがあるため、春分の日が正しくないと、復活祭の日付も正しくなくなって
 しまいます。自分たちが信奉するキリストの復活を祝う祭礼の日が暦の不備によって正しく行われないというのは、
 神に対する大変な冒涜であると考えた宗教関係者(この場合はローマ法王)が、この暦の不備をただすために行ったのが
 グレゴリオ暦への改暦でした。この時に閏日の挿入が2月23日と24日の間から、月末へと変更されました。

 グレゴリオ暦という名前自体が、この改暦を命じたローマ法王グレゴリウス十三世の名から来ていることを見てもそれが解ります。  
                                         (NET 日刊☆こよみのページ 抜粋)

 追加)
 ◇閏日を2月に置く理由
  なぜ、閏日は2月末に置かれるのでしょう。普通に考えれば12月に置きたいものです。
  それに、ほかの月が30日ないしは31日なのに対して、なぜよりによって2月が半端な日数なのかと考えたことはないでしょうか。

  古代ローマ暦の最初の暦、ロムルス・レムス暦は、Martius(英語のMarch)からDecemberまでの10ヵ月(304日)が基本の1年で、
  残った日を、Decemberの後に付加するという制度でした。

  B.C.710年の改定(ヌマ暦)で、その付加日を2つに分けて、
  これを
  ・Januarius(January)と
  ・Februarius(February)と
  2つの月にするよう改めたという経緯があります。

  古代ローマ(太陰太陽暦)では、冬の明けるFebruarius末の23日が、テルミナリアという祭日だったのですが、
  閏月を入れる年は、このテルミナリアの後に更に1ヶ月入れる※1ということで対処していたのでした。
  この習慣は、ユリウス暦導入後の閏日の挿入にも引き継がれています。 ※1 この閏の月はMercedoniusと呼ばれた。

  B.C.153年の法律で、年開始日はJanuariusの1日とすることになったものの、このような事情もあって、
  庶民への浸透には相当な時間がかかりました。
  ユリウス暦の開始日もそれに倣っていますが、暦の終わりはFebruariusという感覚だけは、やはりぬぐえなかったようです。

  呼び名にもその形跡が見られます。
  ・ラテン語でも英語でも、9月はSeptemberと綴りますが、septはラテン語では7の意味です。
  ・同様にOctoberのoctは8、
  ・Novemberのno(non)は9、
  ・Decemberのdec(deca)は10です。
  暦を改定した時に、呼び名を変えないでそのまま残してSeptember=9としてしまったので、9月を表す単語だが意味は7月、という
  ような妙なことが起こっています。
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  → 天体や暦の話題は今になっても新たな歴史話を聞くことができ興味が尽きない。   
        


★今日の記念日
 ◇下元(新暦)
   元々は
   ①上元:正月15日
   ②中元:7月15日
   ③下元:10月15日
   をあわせて「三元」とする中国の習慣が伝わったもの。
  ____________________
  → 確かに“中元”があれば上下があってもよさそうであるが、ないことに対し何の疑問も持たなかった。

 

★今日初めて知ったお菓子

  阿闍梨餅(あじゃり餅)

 餅に卵などを加えた皮であんこを包み、焼いたもので皮の半生加減が絶妙のお菓子で、かなりおいしいです。
 値段も1個105円でお買い得ですが、餅でできているためか、けっこうボリュームがあります。
 
 阿闍梨は、サンスクリット語の「軌範」という意味で師匠のことを意味するそうです。
 阿闍梨がかぶる網代笠を形どったお菓子なので、この名前がついたそうです。
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 → 京都の定番土産とのこと。だが知名度はもうひとつのような気がする。
  会社に京都出身の方がいたが、いつもお土産は生八橋をお願いしていた。



★何かの運動:ストレッチ


【記録グラフ】
何かの運動
90分
何かの運動(分) のグラフ
睡眠時間
5時間
睡眠時間(時間) のグラフ
 
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