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	<title>longingly8さんの健康管理ノート【カラダカラ】</title>
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	<description>健康は一日にして成らず。longingly8さんの健康管理ノート記録をお届けします。</description>
	<dc:date>Mon, 22 Mar 2010 13:49:03 +0900</dc:date>
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	<title>雨一番</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100321_wps3.html</link>
	<dc:date>Mon, 22 Mar 2010 13:49:03 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★北海道には

　≪ 雨一番 ≫
　　　　　　：北海道で立春の後、初めて雪をまじえずに雨だけが降る日。

　があるという。
　何人もの北海道出身者と仕事をしてきたが『雨一番』は聞いたことがない。

　雨一番の平均日：
　　函館 ３月　２日
　　札幌 ３月１５日
　　釧路 ３月１８日
　　旭川 ３月２１日・・・今日です。この時期になって、やっと『雪の混じらない雨』が降る。緯度の違いを感じる。　　　　　　　　　　　　　
　　網走 ３月２７日
　http://ynishioka.net/i-mode/i-essay3.2.htm　

　
★ついでに『春一番』が北海道にはないのか調べたが不明。
　語源が見つかった。

　≪春一番の語源≫

　には諸説がありますが、私は池田市史資料編の稲束家日記に書かれた春一番の記事が最も古く、
　合理的なもののような気がします。資料としても、押しも押されもせぬ一級史料です。

　以前、気象予報士会の会報「てんきすと」に投稿した記事を掲載してみます。

　　　春一番の初見と語源について
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　春一番の語源について、東京堂出版の「最新気象の事典」によると、諸説はあるとしながらも
　「安政六年（西暦１８５９年）壱岐の漁師五十三人が強い突風で遭難してから、

　猟師の間で春の初めの強い南風を、春一とか春一番というようになった。」という説を紹介している。
　ところが、先日池田市史の史料編にある「稲束家日記」の天保二年一月十一日（１８３１年２月２３日）に

　「晴天午ノ刻より雨、春一番東風」との記述を見つけた。
　天保二年は安政六年より二十八年前であり、壱岐の漁師の大量遭難より前に

　春一番という用語が使われていたことが明らかになった。
　また、同じ日記の安政二年一月八日の記事に、春一番ついての解説があったので引用する。

　　　　江戸廻船人之通語ニ秋冬西北風かちのもの常也、江戸下日和は多ク上方へ登船少
　　　　ク自然と江戸滞船多、春気の東風吹初待チ受登船多在之、因之春一番と唱

　とある。語源を壱岐の猟師の遭難にとると、主な意味として南よりの暴風といったイメ―ジが前面にでるが
　本来の意味は冬の季節風（西よりの風）のため江戸で滞船を余儀なくされた船人たちが
　上方へ帰るために待ちわびた、春の初めに吹く強い東風だったようである。

　ちなみに、各地の日記から作成した天保二年一月十日、十一日、十二日の天気分布は、
　・十日は全国的に西よりの風で晴れ。

　・十一日の正午には、日本海を通過中と思われる低気圧の進行に伴い、
　　近畿以西で雨、中部、関東、北陸で曇り、東北、北海道では晴となっている。
　　この低気圧に向かって東～南風が吹き込み、大阪府池田市で東風、東京都新島で東風のち南風、
　　また、金沢市や上越市などで昇温が記録されている。
　　低気圧のスピードは雨域の進行速度から、大ざっぱに、時速６０キロくらいの模様で、

　・翌十二日は北海道の厚岸町で「暁天より存外の大雨」となっており、
　　低気圧は発達しながら日本海上を北東進し十二日の正午頃にはオホーツク海に抜けたと考えられる。

　春一番が江戸大坂の廻船の船人の用語であったとすると
　春一番という言葉の発生は十七世紀頃までさかのぼれる可能性がある。今後の史料発見に期待したい。

　http://blog.goo.ne.jp/11111fumitomo/e/0d112f2391592725d48fad64d2a838d9



★　≪父のいない墓参り≫

　今日は姉手作りの牡丹餅を食べ
　家族でお墓参りに行ってきました。
　父が亡くなって２度目の春彼岸です。

　普段世話になっている７６歳の叔父から頼まれ、町内会の決算書を作成した。
　様式がメチャメチャなので雛型をダウンロードし、作り直した。
　５３／５６部印刷していたらインク切れ。
　後３部なのに！　仕方ないのでプリンタのアラームをリセットし印刷した。
　明日、インクを買ってこよう。



</p>]]></description>
	<pubDate>Mon, 22 Mar 2010 13:49:03 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★北海道には<br>
<br>
　≪ 雨一番 ≫<br>
　　　　　　：北海道で立春の後、初めて雪をまじえずに雨だけが降る日。<br>
<br>
　があるという。<br>
　何人もの北海道出身者と仕事をしてきたが『雨一番』は聞いたことがない。<br>
<br>
　雨一番の平均日：<br>
　　函館 ３月　２日<br>
　　札幌 ３月１５日<br>
　　釧路 ３月１８日<br>
　　旭川 ３月２１日・・・今日です。この時期になって、やっと『雪の混じらない雨』が降る。緯度の違いを感じる。　　　　　　　　　　　　　<br>
　　網走 ３月２７日<br>
　http://ynishioka.net/i-mode/i-essay3.2.htm　<br>
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　<br>
★ついでに『春一番』が北海道にはないのか調べたが不明。<br>
　語源が見つかった。<br>
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　≪春一番の語源≫<br>
<br>
　には諸説がありますが、私は池田市史資料編の稲束家日記に書かれた春一番の記事が最も古く、<br>
　合理的なもののような気がします。資料としても、押しも押されもせぬ一級史料です。<br>
<br>
　以前、気象予報士会の会報「てんきすと」に投稿した記事を掲載してみます。<br>
<br>
　　　春一番の初見と語源について<br>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br>
　春一番の語源について、東京堂出版の「最新気象の事典」によると、諸説はあるとしながらも<br>
　「安政六年（西暦１８５９年）壱岐の漁師五十三人が強い突風で遭難してから、<br>
<br>
　猟師の間で春の初めの強い南風を、春一とか春一番というようになった。」という説を紹介している。<br>
　ところが、先日池田市史の史料編にある「稲束家日記」の天保二年一月十一日（１８３１年２月２３日）に<br>
<br>
　「晴天午ノ刻より雨、春一番東風」との記述を見つけた。<br>
　天保二年は安政六年より二十八年前であり、壱岐の漁師の大量遭難より前に<br>
<br>
　春一番という用語が使われていたことが明らかになった。<br>
　また、同じ日記の安政二年一月八日の記事に、春一番ついての解説があったので引用する。<br>
<br>
　　　　江戸廻船人之通語ニ秋冬西北風かちのもの常也、江戸下日和は多ク上方へ登船少<br>
　　　　ク自然と江戸滞船多、春気の東風吹初待チ受登船多在之、因之春一番と唱<br>
<br>
　とある。語源を壱岐の猟師の遭難にとると、主な意味として南よりの暴風といったイメ―ジが前面にでるが<br>
　本来の意味は冬の季節風（西よりの風）のため江戸で滞船を余儀なくされた船人たちが<br>
　上方へ帰るために待ちわびた、春の初めに吹く強い東風だったようである。<br>
<br>
　ちなみに、各地の日記から作成した天保二年一月十日、十一日、十二日の天気分布は、<br>
　・十日は全国的に西よりの風で晴れ。<br>
<br>
　・十一日の正午には、日本海を通過中と思われる低気圧の進行に伴い、<br>
　　近畿以西で雨、中部、関東、北陸で曇り、東北、北海道では晴となっている。<br>
　　この低気圧に向かって東～南風が吹き込み、大阪府池田市で東風、東京都新島で東風のち南風、<br>
　　また、金沢市や上越市などで昇温が記録されている。<br>
　　低気圧のスピードは雨域の進行速度から、大ざっぱに、時速６０キロくらいの模様で、<br>
<br>
　・翌十二日は北海道の厚岸町で「暁天より存外の大雨」となっており、<br>
　　低気圧は発達しながら日本海上を北東進し十二日の正午頃にはオホーツク海に抜けたと考えられる。<br>
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　春一番が江戸大坂の廻船の船人の用語であったとすると<br>
　春一番という言葉の発生は十七世紀頃までさかのぼれる可能性がある。今後の史料発見に期待したい。<br>
<br>
　http://blog.goo.ne.jp/11111fumitomo/e/0d112f2391592725d48fad64d2a838d9<br>
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★　≪父のいない墓参り≫<br>
<br>
　今日は姉手作りの牡丹餅を食べ<br>
　家族でお墓参りに行ってきました。<br>
　父が亡くなって２度目の春彼岸です。<br>
<br>
　普段世話になっている７６歳の叔父から頼まれ、町内会の決算書を作成した。<br>
　様式がメチャメチャなので雛型をダウンロードし、作り直した。<br>
　５３／５６部印刷していたらインク切れ。<br>
　後３部なのに！　仕方ないのでプリンタのアラームをリセットし印刷した。<br>
　明日、インクを買ってこよう。<br>
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	<title>コンセプトと情熱</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100319_wps3.html</link>
	<dc:date>Fri, 19 Mar 2010 23:12:22 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>昨日、今日と、いい番組を観た。

　・昨日：　ユニ・チャームの『リハビリ・パンツ』の開発。
　・今日：　『みやじ豚』・・・農業を、第一次産業を魅力ある仕事にした。　


　消費者に、生産者の想いを伝えるための『メッセージ』と、諦めない『情熱』。
　この２社の成功は、単に会社の利益だけでない点がいい。

　①ユニ・チャームの
　　　≪リハビリ・パンツ≫

　　使って戴こうと試供品を持って施設まわりをしても、立ったまま穿くオムツなんて、と、どこでも相手にされなかった。
　　多忙な介護師からみれば、寝た状態での横テープが使い易いが、それは利用者を寝たきりにする。
　　なんとか穿くオムツで、立てる方を寝たきりにさせたくないと考える開発者。

　　・運
　　　偶然見たリハビリを奨励するＴＶ番組から、立ったまま穿くオムツがリハビリに使えないか、とのヒントを得た。

　　・情熱
　　　テレビ局を説得し、その番組の映像を借り、ユニ・チャーム新商品発表会で流した。

　　・メッセージ
　　　その新商品発表会が、リハビリの現状をユニ・チャームの全小売店側に伝える機会となった。
　　　人は下の世話を他人に任せるようになると脳が諦めてしまうという。
　　　少しでも立てる方なれば、オムツからパンツに替え、その先にリハビリがある。

　　　そう、リハビリがＫＥＹだ。
　　　コンセプトは『リハビリ・パンツ』に決まった。


　　母もこのリハビリ・パンツを穿いている。
　　普段は、おもらしをしないが、保険的に穿いている。
　　冬は暖かいし、何よりも本人がオムツと思ってないのがいい。

　　ユニチャームにお礼が言いたい。
　　よくぞ諦めずに商品を世に出してくれたと。
　　これで多くの要介護者が救われていると思う。



　②神奈川の
　　≪みやじ豚≫

　　大学生の時、親父の養豚肉を食べた友人から
　　『うまい、こんなうまいのは今まで食べたことがない』という言葉を聞いた。

　　この時、親父の豚はうまいんだと気付いたという。
　　が、養豚業の経営は赤字。

　　当時の豚肉は、品種、体重、肉付で価格が決まり
　　どれだけ、手間暇かけた（＝美味しい）か、は価格に入らなかった。
　　

　　この３１歳の息子は、毎月自宅でバベキューパーティを開いた。
　　最初は２０名位だったが、だんだん増え１００名までに。

　　販売方法も、自宅での直接販売とＮＥＴ通販の２つ。
　　１００ｇ　３００円以上するが繁盛している。

　　六本木に『六本木農園』というレストランを開いているが毎日予約で満席。
　　経営も５年で黒字となった、農業の優等生。

　　今、農家のせがれ（？）を立ち上げ、農家の後継者の夢を応援している。
　　⇒この団体のことは、以前聞いたことがある。

　　彼の成功は販売経路の開拓ににある。
　　今では大手スーパー５社とも契約しているという。
　　消費者は美味しいものには、それなりの金額を払う人も大勢いるのだから。

　　「六本木農園」レストランでは月一回、消費者に生産者を紹介しているようだ。
　　ほうれん草を栽培している〇〇さんです、っと。

　　振り向かなかった第一次産業に光を当て、食っていける産業だと若人に投げかけているメッセージは大きい。
　　
　　みやじ養豚
　　http://www.miyajibuta.com/tasty/

　　レストラン「六本木農園」
　　http://roppongi-nouen.jp/
　　　

　</p>]]></description>
	<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 23:12:22 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[昨日、今日と、いい番組を観た。<br>
<br>
　・昨日：　ユニ・チャームの『リハビリ・パンツ』の開発。<br>
　・今日：　『みやじ豚』・・・農業を、第一次産業を魅力ある仕事にした。　<br>
<br>
<br>
　消費者に、生産者の想いを伝えるための『メッセージ』と、諦めない『情熱』。<br>
　この２社の成功は、単に会社の利益だけでない点がいい。<br>
<br>
　①ユニ・チャームの<br>
　　　≪リハビリ・パンツ≫<br>
<br>
　　使って戴こうと試供品を持って施設まわりをしても、立ったまま穿くオムツなんて、と、どこでも相手にされなかった。<br>
　　多忙な介護師からみれば、寝た状態での横テープが使い易いが、それは利用者を寝たきりにする。<br>
　　なんとか穿くオムツで、立てる方を寝たきりにさせたくないと考える開発者。<br>
<br>
　　・運<br>
　　　偶然見たリハビリを奨励するＴＶ番組から、立ったまま穿くオムツがリハビリに使えないか、とのヒントを得た。<br>
<br>
　　・情熱<br>
　　　テレビ局を説得し、その番組の映像を借り、ユニ・チャーム新商品発表会で流した。<br>
<br>
　　・メッセージ<br>
　　　その新商品発表会が、リハビリの現状をユニ・チャームの全小売店側に伝える機会となった。<br>
　　　人は下の世話を他人に任せるようになると脳が諦めてしまうという。<br>
　　　少しでも立てる方なれば、オムツからパンツに替え、その先にリハビリがある。<br>
<br>
　　　そう、リハビリがＫＥＹだ。<br>
　　　コンセプトは『リハビリ・パンツ』に決まった。<br>
<br>
<br>
　　母もこのリハビリ・パンツを穿いている。<br>
　　普段は、おもらしをしないが、保険的に穿いている。<br>
　　冬は暖かいし、何よりも本人がオムツと思ってないのがいい。<br>
<br>
　　ユニチャームにお礼が言いたい。<br>
　　よくぞ諦めずに商品を世に出してくれたと。<br>
　　これで多くの要介護者が救われていると思う。<br>
<br>
<br>
<br>
　②神奈川の<br>
　　≪みやじ豚≫<br>
<br>
　　大学生の時、親父の養豚肉を食べた友人から<br>
　　『うまい、こんなうまいのは今まで食べたことがない』という言葉を聞いた。<br>
<br>
　　この時、親父の豚はうまいんだと気付いたという。<br>
　　が、養豚業の経営は赤字。<br>
<br>
　　当時の豚肉は、品種、体重、肉付で価格が決まり<br>
　　どれだけ、手間暇かけた（＝美味しい）か、は価格に入らなかった。<br>
　　<br>
<br>
　　この３１歳の息子は、毎月自宅でバベキューパーティを開いた。<br>
　　最初は２０名位だったが、だんだん増え１００名までに。<br>
<br>
　　販売方法も、自宅での直接販売とＮＥＴ通販の２つ。<br>
　　１００ｇ　３００円以上するが繁盛している。<br>
<br>
　　六本木に『六本木農園』というレストランを開いているが毎日予約で満席。<br>
　　経営も５年で黒字となった、農業の優等生。<br>
<br>
　　今、農家のせがれ（？）を立ち上げ、農家の後継者の夢を応援している。<br>
　　⇒この団体のことは、以前聞いたことがある。<br>
<br>
　　彼の成功は販売経路の開拓ににある。<br>
　　今では大手スーパー５社とも契約しているという。<br>
　　消費者は美味しいものには、それなりの金額を払う人も大勢いるのだから。<br>
<br>
　　「六本木農園」レストランでは月一回、消費者に生産者を紹介しているようだ。<br>
　　ほうれん草を栽培している〇〇さんです、っと。<br>
<br>
　　振り向かなかった第一次産業に光を当て、食っていける産業だと若人に投げかけているメッセージは大きい。<br>
　　<br>
　　みやじ養豚<br>
　　http://www.miyajibuta.com/tasty/<br>
<br>
　　レストラン「六本木農園」<br>
　　http://roppongi-nouen.jp/<br>
　　　<br>
<br>
　]]></content:encoded>
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<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100317_wps3.html">
	<title>対象喪失</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100317_wps3.html</link>
	<dc:date>Fri, 19 Mar 2010 01:03:52 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★　≪対象喪失≫

　鳥取県知事であった片山善博氏が

　高校２年生からの付き合いであった奥様を昨年なくされた心境を語っての言葉。

　奥様を『記憶を共有した存在』との表現に、その同志として生きてきた絆の深さと『対象喪失』感が伝わってきた。

　奥さんの看病のために知事職を退き、自宅で看られた最後の４カ月間は

　できる全てをし尽くした満足感すらあったと語る片山氏。

　さらに奥様以外の女性と付き合ったことがないともいう。

　なんという誠実さか。

　最後に　『而今』（今を精いっぱい生きるという仏教語）という言葉で今の心境を語ってました。

　奥様を亡くされたことは悲しい出来事ではあるが、これほどまで『夫婦』を貫き通せたお二人を羨ましくも思う。




★　≪麒麟、伝説の動物という意味ですが≫

　とテレビから聞こえてきた。

　えっ、伝説の動物？　どういうこと。

　ホント！　辞書にあった。　あぁ、無知だな。　でも昔聞いたことがあるような気もする。
　加齢現象か、知っていたってことをとっさに思い出せず、『知らなかった』となることがある。

　　麒麟：中国の想像上の動物。
　　　　　聖人が出現する前兆として現れるといわれた。
　　　　　体形は鹿、蹄(ひづめ)は馬、尾は牛に似て、頭に1本の角があり、全身から5色の光を放つという。
　　　　　



　
★　≪呑舟之魚不遊支流≫

　　呑舟の魚は支流に泳がず　（列子）・・・吉田茂邸に飾ってあったようです。

　　　　　　　　◇

　『呑舟の魚』とは、舟をひと飲みするような魚まである。
　そういう大きな魚は、河の支流には泳がないのだと言う。

　この言葉には以下のような意味があると思います。
　①大きな目標を持つこと
　②環境を整えること

　人生の目標は、大きな程よいものです。
　初めから小さな目標を立てると、それだけの結果に甘んじてしまう事があります。

　その点大きな目標は、例え半分しか達成できなくてもかなりのところまで到達している事があります。
　次にその目標を実現するための環境を整えることが必要です。
　
　「支流」に巻き込まれないように、いつもしっかりと目標に向かって歩くことが必要です。
　時間はかかってもかまいません。常に目標から目を離してはなりません。
　http://www.gld.mmtr.or.jp/~sumiyosi/tetugaku(jinsei)2.htm
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　確かに、小さな目標の完遂よりも、大きな目標の未完遂の方が達成度合は大きい気がします。 
　　　現実に夢を合わせず、『夢』を諦めない生き方をしよう。



　　
　

　

而今（じこん）：今を精いっぱいに生きる</p>]]></description>
	<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 01:03:52 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★　≪対象喪失≫<br>
<br>
　鳥取県知事であった片山善博氏が<br>
<br>
　高校２年生からの付き合いであった奥様を昨年なくされた心境を語っての言葉。<br>
<br>
　奥様を『記憶を共有した存在』との表現に、その同志として生きてきた絆の深さと『対象喪失』感が伝わってきた。<br>
<br>
　奥さんの看病のために知事職を退き、自宅で看られた最後の４カ月間は<br>
<br>
　できる全てをし尽くした満足感すらあったと語る片山氏。<br>
<br>
　さらに奥様以外の女性と付き合ったことがないともいう。<br>
<br>
　なんという誠実さか。<br>
<br>
　最後に　『而今』（今を精いっぱい生きるという仏教語）という言葉で今の心境を語ってました。<br>
<br>
　奥様を亡くされたことは悲しい出来事ではあるが、これほどまで『夫婦』を貫き通せたお二人を羨ましくも思う。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
★　≪麒麟、伝説の動物という意味ですが≫<br>
<br>
　とテレビから聞こえてきた。<br>
<br>
　えっ、伝説の動物？　どういうこと。<br>
<br>
　ホント！　辞書にあった。　あぁ、無知だな。　でも昔聞いたことがあるような気もする。<br>
　加齢現象か、知っていたってことをとっさに思い出せず、『知らなかった』となることがある。<br>
<br>
　　麒麟：中国の想像上の動物。<br>
　　　　　聖人が出現する前兆として現れるといわれた。<br>
　　　　　体形は鹿、蹄(ひづめ)は馬、尾は牛に似て、頭に1本の角があり、全身から5色の光を放つという。<br>
　　　　　<br>
<br>
<br>
<br>
　<br>
★　≪呑舟之魚不遊支流≫<br>
<br>
　　呑舟の魚は支流に泳がず　（列子）・・・吉田茂邸に飾ってあったようです。<br>
<br>
　　　　　　　　◇<br>
<br>
　『呑舟の魚』とは、舟をひと飲みするような魚まである。<br>
　そういう大きな魚は、河の支流には泳がないのだと言う。<br>
<br>
　この言葉には以下のような意味があると思います。<br>
　①大きな目標を持つこと<br>
　②環境を整えること<br>
<br>
　人生の目標は、大きな程よいものです。<br>
　初めから小さな目標を立てると、それだけの結果に甘んじてしまう事があります。<br>
<br>
　その点大きな目標は、例え半分しか達成できなくてもかなりのところまで到達している事があります。<br>
　次にその目標を実現するための環境を整えることが必要です。<br>
　<br>
　「支流」に巻き込まれないように、いつもしっかりと目標に向かって歩くことが必要です。<br>
　時間はかかってもかまいません。常に目標から目を離してはなりません。<br>
　http://www.gld.mmtr.or.jp/~sumiyosi/tetugaku(jinsei)2.htm<br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　確かに、小さな目標の完遂よりも、大きな目標の未完遂の方が達成度合は大きい気がします。 <br>
　　　現実に夢を合わせず、『夢』を諦めない生き方をしよう。<br>
<br>
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　　<br>
　<br>
<br>
　<br>
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而今（じこん）：今を精いっぱいに生きる]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100316_wps3.html">
	<title>インターバル速歩</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100316_wps3.html</link>
	<dc:date>Tue, 16 Mar 2010 23:21:56 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★インターバル速歩の誕生

　競歩のように長い時間速歩を続けることは、中高年には難しく、長続きもしません。

　そこで考えられたのが、数分間速歩を行い、その合間に軽いウォーキングを挟みます。

　そして、その動作を繰り返すことで、適度な強さで無理なく運動を続けることができます。

　それがインターバル速歩なのです。

　http://www.walking-style.com/academy/study/002/interval.php
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　速歩を長く続けられない人のために、考えられた走法とは知らなかった。
　　　緩急をつけた走法の方が、却って、いいとさえ思い取り入れていたのに。
　　　今度は長く速歩をしよう。




　　　</p>]]></description>
	<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 23:21:56 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★インターバル速歩の誕生<br>
<br>
　競歩のように長い時間速歩を続けることは、中高年には難しく、長続きもしません。<br>
<br>
　そこで考えられたのが、数分間速歩を行い、その合間に軽いウォーキングを挟みます。<br>
<br>
　そして、その動作を繰り返すことで、適度な強さで無理なく運動を続けることができます。<br>
<br>
　それがインターバル速歩なのです。<br>
<br>
　http://www.walking-style.com/academy/study/002/interval.php<br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　速歩を長く続けられない人のために、考えられた走法とは知らなかった。<br>
　　　緩急をつけた走法の方が、却って、いいとさえ思い取り入れていたのに。<br>
　　　今度は長く速歩をしよう。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
　　　]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100315_wps3.html">
	<title>ブラインドサッカー　</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100315_wps3.html</link>
	<dc:date>Tue, 16 Mar 2010 01:13:39 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★今日の言葉

　≪ブラインドサッカー　≫

　　　　　　ブラインドサッカーは、視覚障害者のスポーツとして開発された。
　　　　　　　Ｂ１クラスとＢ２／３クラスという二つのカテゴリーがあり、
　　　　　　　・Ｂ１クラスでは、アイマスクを装着し、全盲状態でサッカーします。
　　　　　　　・Ｂ２／３クラスは、弱視者のプレーするフットサルです。

　盲人がサッカーをしたいと言っていた。

　歩くのさえ恐怖なのでは、と思う身には驚きであった。

　どこから、闇夜でサッカーをしたいという欲望が湧いてくるものなのか。

　盲人の気持ちへの理解が足りないなあ。

　　　　　　　　◇


　◆日本の視覚障害者サッカーは２００１年秋、

　　パラリンピックでの競技設定を目指し、大阪で産声を上げた。

　　府立盲学校の体育館に集まった参加者たちが恐る恐るボールを蹴ったその翌年には

　　日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)が設立、現在は競技人口も約３００人に広がり、

　　東西の日本リーグや日本選手権を開いている。

　　

　◆プレーヤーにこのスポーツの魅力を聞けば、まず聞こえてくるのが、「ピッチを自由に走れること」。

　　視覚障害者にとって、みずからの判断で自由に動く、ましてや走り回る、という行為は、

　　なかなか経験できることではないようです。

　　サッカーのピッチのなかでは、それが出来る。

　　その魅力に引かれ、サッカーを始めたプレーヤーも多いようです。

　　また、チームワークが強く求められる点も、プレーヤーを引きつけます。

　　音声情報を頼りにしている選手にとっては、味方がどこにいるのか、

　　プレーがどんな展開をしているのか、それらは味方の声や、練習によって築き上げた共通の認識から把握できるものです。

　　ピッチに4人が立っている以上に、深めなくてはならない絆が数多く存在するのです。

　　そして、「何よりもサッカーは楽しい」という声も多いです。

　　サッカーの持つ魅力が歪められることなく、ルールが整えられていることで、

　　「あの大好きなサッカーを自分もプレーできる！」という気持ちが強いのでしょう。

　　http://www.b-soccer.jp/appeal.html



　≪ひこばえ≫

　鎌倉の老木保存の一方法として『孫(ひこ)生え』を取り上げていた。

　通常は、この『ひこばえ』は切り落とすのだが、今回の倒れた老木の保存には、このひこばえの活用も一案であると。

　土についている根があるので、かなりの確率でひこばえが生えてくるそうです。よかった。



★テレビから

　≪目覚めよ日本のIT　①出遅れ真相 ≫
　　　　　　　　　　ワールドビジネスサテライトＩＴ


　ＩＴが進んでいるフィンランドを引き合いに出したコメンテイターの指摘がいい。

　「フィンランドでは森が多く、現実の行政サービスが行き届いてないからＩＴ化が進んだ。

　　日本は行き届いているからＩＴ化に後れを取った」。

　
　日本は個々の会社では高い技術を有しているが、それがＩＴ化されなかったのには

　需要のなさにも一因があったのか。意外であった。


　韓国でのＩＴ化は
　　・住民票が自宅のＰＣで取れる。
　　・病院から薬局に処方箋を送ることができ、薬局での待ち時間が短縮できる。

　う～ん、生活に根付いてますね、行政機関が遠い地域の方にはＩＴ化は便利です。


　日本で、通信業界、コンピュータ、ソフト・ゲーム、音楽等の業界が一丸となり

　ＩＴ産業を興すには国の旗振りが不可欠と思う。
　
</p>]]></description>
	<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 01:13:39 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★今日の言葉<br>
<br>
　≪ブラインドサッカー　≫<br>
<br>
　　　　　　ブラインドサッカーは、視覚障害者のスポーツとして開発された。<br>
　　　　　　　Ｂ１クラスとＢ２／３クラスという二つのカテゴリーがあり、<br>
　　　　　　　・Ｂ１クラスでは、アイマスクを装着し、全盲状態でサッカーします。<br>
　　　　　　　・Ｂ２／３クラスは、弱視者のプレーするフットサルです。<br>
<br>
　盲人がサッカーをしたいと言っていた。<br>
<br>
　歩くのさえ恐怖なのでは、と思う身には驚きであった。<br>
<br>
　どこから、闇夜でサッカーをしたいという欲望が湧いてくるものなのか。<br>
<br>
　盲人の気持ちへの理解が足りないなあ。<br>
<br>
　　　　　　　　◇<br>
<br>
<br>
　◆日本の視覚障害者サッカーは２００１年秋、<br>
<br>
　　パラリンピックでの競技設定を目指し、大阪で産声を上げた。<br>
<br>
　　府立盲学校の体育館に集まった参加者たちが恐る恐るボールを蹴ったその翌年には<br>
<br>
　　日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)が設立、現在は競技人口も約３００人に広がり、<br>
<br>
　　東西の日本リーグや日本選手権を開いている。<br>
<br>
　　<br>
<br>
　◆プレーヤーにこのスポーツの魅力を聞けば、まず聞こえてくるのが、「ピッチを自由に走れること」。<br>
<br>
　　視覚障害者にとって、みずからの判断で自由に動く、ましてや走り回る、という行為は、<br>
<br>
　　なかなか経験できることではないようです。<br>
<br>
　　サッカーのピッチのなかでは、それが出来る。<br>
<br>
　　その魅力に引かれ、サッカーを始めたプレーヤーも多いようです。<br>
<br>
　　また、チームワークが強く求められる点も、プレーヤーを引きつけます。<br>
<br>
　　音声情報を頼りにしている選手にとっては、味方がどこにいるのか、<br>
<br>
　　プレーがどんな展開をしているのか、それらは味方の声や、練習によって築き上げた共通の認識から把握できるものです。<br>
<br>
　　ピッチに4人が立っている以上に、深めなくてはならない絆が数多く存在するのです。<br>
<br>
　　そして、「何よりもサッカーは楽しい」という声も多いです。<br>
<br>
　　サッカーの持つ魅力が歪められることなく、ルールが整えられていることで、<br>
<br>
　　「あの大好きなサッカーを自分もプレーできる！」という気持ちが強いのでしょう。<br>
<br>
　　http://www.b-soccer.jp/appeal.html<br>
<br>
<br>
<br>
　≪ひこばえ≫<br>
<br>
　鎌倉の老木保存の一方法として『孫(ひこ)生え』を取り上げていた。<br>
<br>
　通常は、この『ひこばえ』は切り落とすのだが、今回の倒れた老木の保存には、このひこばえの活用も一案であると。<br>
<br>
　土についている根があるので、かなりの確率でひこばえが生えてくるそうです。よかった。<br>
<br>
<br>
<br>
★テレビから<br>
<br>
　≪目覚めよ日本のIT　①出遅れ真相 ≫<br>
　　　　　　　　　　ワールドビジネスサテライトＩＴ<br>
<br>
<br>
　ＩＴが進んでいるフィンランドを引き合いに出したコメンテイターの指摘がいい。<br>
<br>
　「フィンランドでは森が多く、現実の行政サービスが行き届いてないからＩＴ化が進んだ。<br>
<br>
　　日本は行き届いているからＩＴ化に後れを取った」。<br>
<br>
　<br>
　日本は個々の会社では高い技術を有しているが、それがＩＴ化されなかったのには<br>
<br>
　需要のなさにも一因があったのか。意外であった。<br>
<br>
<br>
　韓国でのＩＴ化は<br>
　　・住民票が自宅のＰＣで取れる。<br>
　　・病院から薬局に処方箋を送ることができ、薬局での待ち時間が短縮できる。<br>
<br>
　う～ん、生活に根付いてますね、行政機関が遠い地域の方にはＩＴ化は便利です。<br>
<br>
<br>
　日本で、通信業界、コンピュータ、ソフト・ゲーム、音楽等の業界が一丸となり<br>
<br>
　ＩＴ産業を興すには国の旗振りが不可欠と思う。<br>
　<br>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100314_wps3.html">
	<title>no title</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100314_wps3.html</link>
	<dc:date>Tue, 16 Mar 2010 22:59:53 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★今日から、いよいよ

　≪大相撲三月場所≫

　　白鵬の独り横綱場所。

　相撲甚句
　http://video.search.yahoo.co.jp/video/42a9c19df0296e02282007a74a3ade3e</p>]]></description>
	<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 22:59:53 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★今日から、いよいよ<br>
<br>
　≪大相撲三月場所≫<br>
<br>
　　白鵬の独り横綱場所。<br>
<br>
　相撲甚句<br>
　http://video.search.yahoo.co.jp/video/42a9c19df0296e02282007a74a3ade3e]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100311_wps3.html">
	<title>鳩　と　耳石器</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100311_wps3.html</link>
	<dc:date>Fri, 12 Mar 2010 01:22:40 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★着付け教室

　先日、ある着付け教室から、簡単な着付け（２Ｈ・無料）をマンツーマンでやっていますが

　いかがでしょうか、と電話があった。


　今日、行ってみて小物の変わりように驚きです。

　私は、子供のお宮参り・七五三、結婚披露宴に着た。これは、もう何十年も前の話し。

　最近は娘の結婚式で着たが、以前と同じ方法で着せてもらった。


　今回のは、短期間（２Ｈｘ８回）で着られるように小間物が工夫されていた。
　
　もう補正のためのタオルは不要で、腰にパットを挿入したチャンピオンベルトのようなものを付けるだけでした。

　また、下前衿を留める『コーリ〇ベルト』。これ社名なのかな？　便利でした。

　これなら、ちょっと気軽に着られそう。

　母の和ダンスには着物が何枚も。後でもらおうかな、なんてことを初めて思った。　

　


★昨日の新聞に

　≪　ハトの通信史　≫　作家　黒岩比佐子氏

　が載っていた。

　何故『鳩』なんだろうと。

　　　　　　　◇

　鳥やサケ、ミツバチなどは体内にコンパスのようなモノが備わっていて、

　地球の磁場を感知し方角を知るということは古くから考えられていた。

　鳩は特に優れた生体磁石を持ち、方向感覚と帰巣能力に長けているので

　『軍用鳩』、『通信鳩（伝書鳩）』

　として活躍した。（鳩は天候に左右されず暗闇でも帰巣することができる）。


　◆ごく最近、広島大学の、原田学長が証明したものでは鳥や魚には磁性を持つ耳石が耳石器内にあり、
　　これが地磁気を感知してナビゲーターの役割を果たすというものもあります。

　　この説は鳥や魚の耳石器にはほ乳類にはない第三の耳石器「壺嚢」があり、
　　この中の耳石にある、磁性物質が地磁気の変化に応じて、壺嚢の感覚毛を刺激し、 感覚細胞を興奮させ、
　　これが脳に伝わることによって、鳥、魚は飛ぶ方向や泳ぐ方向を判断するというもので、
　　実際にハトでの実験が行われ壺嚢が地磁気を感じるセンサーだということが立証されています。

　　

　

　堂鳩（だうばと）：神社仏閣などに住み着いた鳩「たうばと（塔鳩）」などと呼ばれていた。
　これがドバト（都市公園などでも多く見かける鳩）の語源ではないかと言われています。
渡り鳥ではないのに地球磁場を鋭敏に感知できる生体磁石の並外れた能力があり、方向感覚と帰巣能力に長けています。長距離飛行も可能で、通信手段（伝書鳩）として古くから家禽化されてきました。紀元前3000年頃のエジプトですでに伝書鳩を利用していた記録があるそうです。</p>]]></description>
	<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 01:22:40 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★着付け教室<br>
<br>
　先日、ある着付け教室から、簡単な着付け（２Ｈ・無料）をマンツーマンでやっていますが<br>
<br>
　いかがでしょうか、と電話があった。<br>
<br>
<br>
　今日、行ってみて小物の変わりように驚きです。<br>
<br>
　私は、子供のお宮参り・七五三、結婚披露宴に着た。これは、もう何十年も前の話し。<br>
<br>
　最近は娘の結婚式で着たが、以前と同じ方法で着せてもらった。<br>
<br>
<br>
　今回のは、短期間（２Ｈｘ８回）で着られるように小間物が工夫されていた。<br>
　<br>
　もう補正のためのタオルは不要で、腰にパットを挿入したチャンピオンベルトのようなものを付けるだけでした。<br>
<br>
　また、下前衿を留める『コーリ〇ベルト』。これ社名なのかな？　便利でした。<br>
<br>
　これなら、ちょっと気軽に着られそう。<br>
<br>
　母の和ダンスには着物が何枚も。後でもらおうかな、なんてことを初めて思った。　<br>
<br>
　<br>
<br>
<br>
★昨日の新聞に<br>
<br>
　≪　ハトの通信史　≫　作家　黒岩比佐子氏<br>
<br>
　が載っていた。<br>
<br>
　何故『鳩』なんだろうと。<br>
<br>
　　　　　　　◇<br>
<br>
　鳥やサケ、ミツバチなどは体内にコンパスのようなモノが備わっていて、<br>
<br>
　地球の磁場を感知し方角を知るということは古くから考えられていた。<br>
<br>
　鳩は特に優れた生体磁石を持ち、方向感覚と帰巣能力に長けているので<br>
<br>
　『軍用鳩』、『通信鳩（伝書鳩）』<br>
<br>
　として活躍した。（鳩は天候に左右されず暗闇でも帰巣することができる）。<br>
<br>
<br>
　◆ごく最近、広島大学の、原田学長が証明したものでは鳥や魚には磁性を持つ耳石が耳石器内にあり、<br>
　　これが地磁気を感知してナビゲーターの役割を果たすというものもあります。<br>
<br>
　　この説は鳥や魚の耳石器にはほ乳類にはない第三の耳石器「壺嚢」があり、<br>
　　この中の耳石にある、磁性物質が地磁気の変化に応じて、壺嚢の感覚毛を刺激し、 感覚細胞を興奮させ、<br>
　　これが脳に伝わることによって、鳥、魚は飛ぶ方向や泳ぐ方向を判断するというもので、<br>
　　実際にハトでの実験が行われ壺嚢が地磁気を感じるセンサーだということが立証されています。<br>
<br>
　　<br>
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　<br>
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　堂鳩（だうばと）：神社仏閣などに住み着いた鳩「たうばと（塔鳩）」などと呼ばれていた。<br>
　これがドバト（都市公園などでも多く見かける鳩）の語源ではないかと言われています。<br>
渡り鳥ではないのに地球磁場を鋭敏に感知できる生体磁石の並外れた能力があり、方向感覚と帰巣能力に長けています。長距離飛行も可能で、通信手段（伝書鳩）として古くから家禽化されてきました。紀元前3000年頃のエジプトですでに伝書鳩を利用していた記録があるそうです。]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100310_wps3.html">
	<title>『陸軍記念日』</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100310_wps3.html</link>
	<dc:date>Thu, 11 Mar 2010 01:17:33 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>写真①：現存するフランス式繰糸機
写真②：フランス式繰糸機復元機　http://www.okaya-museum.jp/exhibit/details/19.html

★今日は　『陸軍記念日』

　母から、今日は陸軍記念日と聞いたが、そんな記念日って聞いたことない。

　母の勘違いかと思っったら、本当にあった。

　だが、戦後は廃止されたようだ。

　　　　　　　　◇
　

　1905年3月10日に日露戦争の奉天会戦で、大日本帝国陸軍軍が勝利し、奉天（現在の瀋陽）を占領して奉天城に入場した日である。

　これを記念して、翌1906年から休日としたもの。

　1945年3月10日の東京大空襲は、この陸軍記念日を狙って実施されたという説が有力である。
　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E8%BB%8D%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5




★新聞に『フランス式繰糸機』とあった。

　『撚糸』なら聞いたことがあるが、『繰糸機』という言葉は知らなかった。

　工程とすれば
　　　　　　繭　－＞　繰糸　－＞　撚糸
　だろうか。
　　

　　　　　　　　◇

　≪　たった一台残った、フランス式繰糸機　≫

　『現存しない』といわれていたフランス式繰糸機があった！

　長野県岡谷市の市立岡谷蚕糸博物館に、明治５年旧官営富岡製糸場で実際に使われていたフランス式繰糸機が展示されている。

　繰糸機はフランス人技師、ポール・ブリュナが日本人に合わせて特別に作らせたもので、残っているのはこの一台だけだ。
　
　同博物館にはこのほか、同製糸場で使われた水分検査器やブリュナ愛用の柱時計も展示されている。

　貴重な品々を集めたのは、三代目片倉兼太郎（１８８４―１９４７年）。

　戦争で散逸しかけていた蚕糸業の器械や資料を収集し、片倉館の近くの「懐古館」に展示した。

　市立岡谷蚕糸博物館にある展示品の多くは、彼が集めたものだ。

　３代目兼太郎は１９４１（昭和１６）年、今井五介の後を継ぎ、片倉製糸紡績の社長に就任した。

　社長を務めたのは、太平洋戦争の開戦から戦後の混乱期に当たる。

　http://www.jomo-news.co.jp/rensai/kinukuni/kiji/4-07.htm

　　　※輸入当時は「共撚式(ともよりしき)」という方式で１人２本の生糸を繰糸していましたが、
　　　　少しずつ改良され、大正７年には１人が１台で４本の糸を繰糸するようになりました。
　　　　この改良された繰糸機は、現存する唯一のフランス式繰糸機として貴重なものとなっています。



</p>]]></description>
	<pubDate>Thu, 11 Mar 2010 01:17:33 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[写真①：現存するフランス式繰糸機<br>
写真②：フランス式繰糸機復元機　http://www.okaya-museum.jp/exhibit/details/19.html<br>
<br>
★今日は　『陸軍記念日』<br>
<br>
　母から、今日は陸軍記念日と聞いたが、そんな記念日って聞いたことない。<br>
<br>
　母の勘違いかと思っったら、本当にあった。<br>
<br>
　だが、戦後は廃止されたようだ。<br>
<br>
　　　　　　　　◇<br>
　<br>
<br>
　1905年3月10日に日露戦争の奉天会戦で、大日本帝国陸軍軍が勝利し、奉天（現在の瀋陽）を占領して奉天城に入場した日である。<br>
<br>
　これを記念して、翌1906年から休日としたもの。<br>
<br>
　1945年3月10日の東京大空襲は、この陸軍記念日を狙って実施されたという説が有力である。<br>
　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E8%BB%8D%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
★新聞に『フランス式繰糸機』とあった。<br>
<br>
　『撚糸』なら聞いたことがあるが、『繰糸機』という言葉は知らなかった。<br>
<br>
　工程とすれば<br>
　　　　　　繭　－＞　繰糸　－＞　撚糸<br>
　だろうか。<br>
　　<br>
<br>
　　　　　　　　◇<br>
<br>
　≪　たった一台残った、フランス式繰糸機　≫<br>
<br>
　『現存しない』といわれていたフランス式繰糸機があった！<br>
<br>
　長野県岡谷市の市立岡谷蚕糸博物館に、明治５年旧官営富岡製糸場で実際に使われていたフランス式繰糸機が展示されている。<br>
<br>
　繰糸機はフランス人技師、ポール・ブリュナが日本人に合わせて特別に作らせたもので、残っているのはこの一台だけだ。<br>
　<br>
　同博物館にはこのほか、同製糸場で使われた水分検査器やブリュナ愛用の柱時計も展示されている。<br>
<br>
　貴重な品々を集めたのは、三代目片倉兼太郎（１８８４―１９４７年）。<br>
<br>
　戦争で散逸しかけていた蚕糸業の器械や資料を収集し、片倉館の近くの「懐古館」に展示した。<br>
<br>
　市立岡谷蚕糸博物館にある展示品の多くは、彼が集めたものだ。<br>
<br>
　３代目兼太郎は１９４１（昭和１６）年、今井五介の後を継ぎ、片倉製糸紡績の社長に就任した。<br>
<br>
　社長を務めたのは、太平洋戦争の開戦から戦後の混乱期に当たる。<br>
<br>
　http://www.jomo-news.co.jp/rensai/kinukuni/kiji/4-07.htm<br>
<br>
　　　※輸入当時は「共撚式(ともよりしき)」という方式で１人２本の生糸を繰糸していましたが、<br>
　　　　少しずつ改良され、大正７年には１人が１台で４本の糸を繰糸するようになりました。<br>
　　　　この改良された繰糸機は、現存する唯一のフランス式繰糸機として貴重なものとなっています。<br>
<br>
<br>
<br>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100307_wps3.html">
	<title>梅は咲いたか　桜はまだかいな　</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100307_wps3.html</link>
	<dc:date>Sun, 7 Mar 2010 23:27:36 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★梅の次は 桜？

  　≪　梅は咲いたか　桜はまだかいな　≫

　　　　　この端唄は　『梅』　の次が　『桜』　になっている。


　梅は「春告草」とも呼ばれ、百花に先駆けて咲くが、梅の次は『桃』でしょう？

　実際
　　２月には梅林の花を楽み

　　３月はひな祭りで桃の花

　　４月の入学式は桜

　のはずなのに


　実際の花暦では
　
　　　正月は「梅」

　　　２月が「桜」

　　　３月が「桃」

　となっている。

　　　※自然の営みは旧暦で動いているよう。一般の新暦との間には矛盾が発生している。
　　　　ちなみに、３月３日の花祭りの桃の花は、その多くが ハウス栽培であるようだ。

　　
　　　　　　　◇

　『梅は咲いたか』小唄（端唄）

　　梅は咲いたか　桜はまだかいな

　　　柳ゃなよなよ風次第

　　　山吹ゃ浮気で色ばかり
　
　　　しょんがいな



　　梅にしようか　桜にしよかいな

　　　色も緑の松ヶ枝に

　　　梅と桜を咲かせたい
　
　　　しょんがいな



　　銀座八丁　行こうじゃないか

　　　山の狐が七化けて

　　　黒い眉引く袖を引く
　
　　　しょんがいな



　　恋の浅草　二人で行こかいな

　　　何を言問（こととい）都鳥

　　　末は千鳥で泪橋
　
　　　しょんがいな

　　　http://blog.goo.ne.jp/cha2_2005/e/8177ed6d1ea15a5855ff7fff831a33ae

　　　http://j-ken.com/category/all/data/633914/

　　　（美空ひばり 梅は咲いたか・花笠音頭）
　　　http://www.youtube.com/watch?v=eEl-9cOOiXE&amp;feature=related
　　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　　　⇒　花をめでる日々は、優しい生き方に通じているのだろう。

　

　　</p>]]></description>
	<pubDate>Sun, 7 Mar 2010 23:27:36 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★梅の次は 桜？<br>
<br>
  　≪　梅は咲いたか　桜はまだかいな　≫<br>
<br>
　　　　　この端唄は　『梅』　の次が　『桜』　になっている。<br>
<br>
<br>
　梅は「春告草」とも呼ばれ、百花に先駆けて咲くが、梅の次は『桃』でしょう？<br>
<br>
　実際<br>
　　２月には梅林の花を楽み<br>
<br>
　　３月はひな祭りで桃の花<br>
<br>
　　４月の入学式は桜<br>
<br>
　のはずなのに<br>
<br>
<br>
　実際の花暦では<br>
　<br>
　　　正月は「梅」<br>
<br>
　　　２月が「桜」<br>
<br>
　　　３月が「桃」<br>
<br>
　となっている。<br>
<br>
　　　※自然の営みは旧暦で動いているよう。一般の新暦との間には矛盾が発生している。<br>
　　　　ちなみに、３月３日の花祭りの桃の花は、その多くが ハウス栽培であるようだ。<br>
<br>
　　<br>
　　　　　　　◇<br>
<br>
　『梅は咲いたか』小唄（端唄）<br>
<br>
　　梅は咲いたか　桜はまだかいな<br>
<br>
　　　柳ゃなよなよ風次第<br>
<br>
　　　山吹ゃ浮気で色ばかり<br>
　<br>
　　　しょんがいな<br>
<br>
<br>
<br>
　　梅にしようか　桜にしよかいな<br>
<br>
　　　色も緑の松ヶ枝に<br>
<br>
　　　梅と桜を咲かせたい<br>
　<br>
　　　しょんがいな<br>
<br>
<br>
<br>
　　銀座八丁　行こうじゃないか<br>
<br>
　　　山の狐が七化けて<br>
<br>
　　　黒い眉引く袖を引く<br>
　<br>
　　　しょんがいな<br>
<br>
<br>
<br>
　　恋の浅草　二人で行こかいな<br>
<br>
　　　何を言問（こととい）都鳥<br>
<br>
　　　末は千鳥で泪橋<br>
　<br>
　　　しょんがいな<br>
<br>
　　　http://blog.goo.ne.jp/cha2_2005/e/8177ed6d1ea15a5855ff7fff831a33ae<br>
<br>
　　　http://j-ken.com/category/all/data/633914/<br>
<br>
　　　（美空ひばり 梅は咲いたか・花笠音頭）<br>
　　　http://www.youtube.com/watch?v=eEl-9cOOiXE&amp;feature=related<br>
　　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　　　⇒　花をめでる日々は、優しい生き方に通じているのだろう。<br>
<br>
　<br>
<br>
　　]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100306_wps3.html">
	<title>≪顔細胞≫</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100306_wps3.html</link>
	<dc:date>Sun, 7 Mar 2010 00:12:10 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★顔はわかるが、名前が・・思い出せない。。。

　しょっちゅうある。

　特に街中で会う子供の同級生のお母さん。お兄ちゃんの方か、妹の方かも解らない。

　俳優の名前もど忘れする。


　顔と名前は記憶の仕方が違うのか？

　あまり大事でない人の名前は忘れることもあるようです。


　　　　　　　　◇


　他人の顔を記憶するのは非言語的記憶の一種。

　しかし、顔を記憶することは旅の風景などを記憶するのとは基本的に異なっている。

　不思議なことに、人間には顔を記憶する特別なシステムがあり、そのシステムによって他人の顔を判別している。

　　

　◆人の顔を見分けるための特別な仕組み「顔細胞」

　　目から入った視覚の情報で、その顔が誰かを判断するのです。

　　では、その顔を判断する部分はどこかといえば、「側頭連合野」に存在する、顔に反応する神経細胞です。

　　この神経細胞は「顔細胞」と呼ばれています。

　　「顔細胞」は生まれながらに備わっていますが、実際に活動をはじめるのは生後2週間ぐらいからだといわれている。

　　赤ん坊はまず母親の顔を記憶します。

　　母親に抱かれてその顔を見たとき、赤ん坊は安心し、笑みを浮かべるのです。

　　その後、赤ん坊は身近な人たちを記憶していきます。

　　たいていは父親に始まり、赤ん坊の誕生を祝う親戚の人間たちの顔を記憶する。

　　病院であれば看護婦たちの顔も。それを可能にしているのは、「側頭連合野」の「顔細胞」です。


　　顔細胞は鼻や口より、「目」に鋭く反応する。

　　相手がどんな目をしているかを強く記憶するのです。

　　目の次に反応するのが鼻や口。

　　それは、耳や頬に比べれば鼻や口のほうが顔の特徴を決定づけているということでもあります。
　　http://diamond.jp/series/brain/10014/
　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　　⇒　『顔細胞』って言葉を最初に聞いた時は、まさかそんな名称が、と思ってしまった。

　　　　赤ちゃんはオッパイを飲む時、このオッパイをくれている人の顔をじーっと見つめている。
　　　　私が授乳している姿を見た母が、赤ちゃんはそうやって母親を覚えている、と言ってたのを思い出す。　　　　

　　　　この距離が、最初に赤ちゃんの焦点が合う距離と聞き、
　　　　動物とは『生き抜く』を最優先に機能が発達しているのを感じた。

　　　　赤ちゃんの胃袋を満たせない父親は、どうやっても、この時期は母親に勝てそうもない。　　　



　　　　
　　　　



　</p>]]></description>
	<pubDate>Sun, 7 Mar 2010 00:12:10 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★顔はわかるが、名前が・・思い出せない。。。<br>
<br>
　しょっちゅうある。<br>
<br>
　特に街中で会う子供の同級生のお母さん。お兄ちゃんの方か、妹の方かも解らない。<br>
<br>
　俳優の名前もど忘れする。<br>
<br>
<br>
　顔と名前は記憶の仕方が違うのか？<br>
<br>
　あまり大事でない人の名前は忘れることもあるようです。<br>
<br>
<br>
　　　　　　　　◇<br>
<br>
<br>
　他人の顔を記憶するのは非言語的記憶の一種。<br>
<br>
　しかし、顔を記憶することは旅の風景などを記憶するのとは基本的に異なっている。<br>
<br>
　不思議なことに、人間には顔を記憶する特別なシステムがあり、そのシステムによって他人の顔を判別している。<br>
<br>
　　<br>
<br>
　◆人の顔を見分けるための特別な仕組み「顔細胞」<br>
<br>
　　目から入った視覚の情報で、その顔が誰かを判断するのです。<br>
<br>
　　では、その顔を判断する部分はどこかといえば、「側頭連合野」に存在する、顔に反応する神経細胞です。<br>
<br>
　　この神経細胞は「顔細胞」と呼ばれています。<br>
<br>
　　「顔細胞」は生まれながらに備わっていますが、実際に活動をはじめるのは生後2週間ぐらいからだといわれている。<br>
<br>
　　赤ん坊はまず母親の顔を記憶します。<br>
<br>
　　母親に抱かれてその顔を見たとき、赤ん坊は安心し、笑みを浮かべるのです。<br>
<br>
　　その後、赤ん坊は身近な人たちを記憶していきます。<br>
<br>
　　たいていは父親に始まり、赤ん坊の誕生を祝う親戚の人間たちの顔を記憶する。<br>
<br>
　　病院であれば看護婦たちの顔も。それを可能にしているのは、「側頭連合野」の「顔細胞」です。<br>
<br>
<br>
　　顔細胞は鼻や口より、「目」に鋭く反応する。<br>
<br>
　　相手がどんな目をしているかを強く記憶するのです。<br>
<br>
　　目の次に反応するのが鼻や口。<br>
<br>
　　それは、耳や頬に比べれば鼻や口のほうが顔の特徴を決定づけているということでもあります。<br>
　　http://diamond.jp/series/brain/10014/<br>
　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　　⇒　『顔細胞』って言葉を最初に聞いた時は、まさかそんな名称が、と思ってしまった。<br>
<br>
　　　　赤ちゃんはオッパイを飲む時、このオッパイをくれている人の顔をじーっと見つめている。<br>
　　　　私が授乳している姿を見た母が、赤ちゃんはそうやって母親を覚えている、と言ってたのを思い出す。　　　　<br>
<br>
　　　　この距離が、最初に赤ちゃんの焦点が合う距離と聞き、<br>
　　　　動物とは『生き抜く』を最優先に機能が発達しているのを感じた。<br>
<br>
　　　　赤ちゃんの胃袋を満たせない父親は、どうやっても、この時期は母親に勝てそうもない。　　　<br>
<br>
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　　　　<br>
　　　　<br>
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　]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100305_wps3.html">
	<title>お御籤って何番まで？</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100305_wps3.html</link>
	<dc:date>Fri, 5 Mar 2010 23:42:22 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★おみくじ

　って何番まであるの？

　　　　　　◇

　第一番大吉から第一百番凶まで連番になっていて、それによって運勢を占うようになっています。

　もっとも社寺によっては一番から百番まではなく、さまざまな番号があります。

　たとえば

　　和歌山・熊野那智大社は第二十番まで

　　奈良・春日大社は第十五番まで

　　京都・伏見稲荷は第三十二番まで

　　大阪・住吉大社は第三十六番まで

　　東京・浅草寺は第百番までです。



　全体的にみますと『元三大師百籤』のおみくじが多いようです。

　なお、一番連番の少ないと思われるのが

　香川県琴平町の金刀比羅宮で第一番から第十五番までです。 



　ちなみに吉凶数の割合は、

　　浅草寺　（百本中）　：　大吉１６、　吉３５、半吉１２、末小吉１、末吉６、凶３０本。

　　住吉大社（３６本中）：　大吉２、　　吉１８、　　　　　　　　　　末吉１、　平３、吉凶相交１、凶末吉３、凶向吉１、　凶７本
　　　　　　（百本換算⇒：　大吉５.５、　吉５０、　　　　　　　　　末吉２.７、平８.３、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　凶１９本）　　

　とか。
　http://ohto.ciao.jp/mikuji.html 
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　意外に凶って多い。
　　　引いた人を喜ばせるためにも、もっと少なくてもいいと思うが。


　◆現今の神社仏閣で気軽に引けるおみくじは、この「元三大師百籤」から発展したもので、

　　人間の運勢、吉凶を五言四句の偈文（漢詩百首）や和歌（＝神社に多い）にまとめ、

　　一番から百番まで連番をふり、引いた番号に書かれた文面で占うものである。

　　http://www.busondera.com/ganzan/omikuji-1.html
　　↑　この「おみくじ」を引いたら　第２７番「吉」とでた。






</p>]]></description>
	<pubDate>Fri, 5 Mar 2010 23:42:22 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★おみくじ<br>
<br>
　って何番まであるの？<br>
<br>
　　　　　　◇<br>
<br>
　第一番大吉から第一百番凶まで連番になっていて、それによって運勢を占うようになっています。<br>
<br>
　もっとも社寺によっては一番から百番まではなく、さまざまな番号があります。<br>
<br>
　たとえば<br>
<br>
　　和歌山・熊野那智大社は第二十番まで<br>
<br>
　　奈良・春日大社は第十五番まで<br>
<br>
　　京都・伏見稲荷は第三十二番まで<br>
<br>
　　大阪・住吉大社は第三十六番まで<br>
<br>
　　東京・浅草寺は第百番までです。<br>
<br>
<br>
<br>
　全体的にみますと『元三大師百籤』のおみくじが多いようです。<br>
<br>
　なお、一番連番の少ないと思われるのが<br>
<br>
　香川県琴平町の金刀比羅宮で第一番から第十五番までです。 <br>
<br>
<br>
<br>
　ちなみに吉凶数の割合は、<br>
<br>
　　浅草寺　（百本中）　：　大吉１６、　吉３５、半吉１２、末小吉１、末吉６、凶３０本。<br>
<br>
　　住吉大社（３６本中）：　大吉２、　　吉１８、　　　　　　　　　　末吉１、　平３、吉凶相交１、凶末吉３、凶向吉１、　凶７本<br>
　　　　　　（百本換算⇒：　大吉５.５、　吉５０、　　　　　　　　　末吉２.７、平８.３、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　凶１９本）　　<br>
<br>
　とか。<br>
　http://ohto.ciao.jp/mikuji.html <br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　意外に凶って多い。<br>
　　　引いた人を喜ばせるためにも、もっと少なくてもいいと思うが。<br>
<br>
<br>
　◆現今の神社仏閣で気軽に引けるおみくじは、この「元三大師百籤」から発展したもので、<br>
<br>
　　人間の運勢、吉凶を五言四句の偈文（漢詩百首）や和歌（＝神社に多い）にまとめ、<br>
<br>
　　一番から百番まで連番をふり、引いた番号に書かれた文面で占うものである。<br>
<br>
　　http://www.busondera.com/ganzan/omikuji-1.html<br>
　　↑　この「おみくじ」を引いたら　第２７番「吉」とでた。<br>
<br>
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]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100304_wps3.html">
	<title>82歳になったら</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100304_wps3.html</link>
	<dc:date>Thu, 4 Mar 2010 23:25:53 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★新聞から

　　≪　８２歳のつれづれなる日常　≫　熊本県　川上正英　（82）

　82歳になった。
　オジイサンと言われてもむっとしなくなった。
　久しぶりに会った友人知人が老けているのに驚く。

　年賀状が転居先不明で戻ってくるのが多くなった。
　あの世まで届かないらしい。
　新しく来た年賀状は一枚もなかった。

　家内は女学校時代、県大会で優勝したバレーの選手だった。
　今、小柄なバアサンである。
　家内の顔をつくづくと見るのはやめた。

　景色がどんより見えるので黄砂か光化学スモックだと思っていてら、
　眼科の医師から白内障で濁りがひどいと言われた。

　病院の受付で少し耳が遠いのでよろしくと言ったら以後すべて筆談だった。
　待合室に座っていたら、看護師さん来て、「昨日申し上げたはずですが、あなたの治療は昨日で終わってます」。

　電車の後ろに立っていると、前の方でしきりに手招きをする人がいるので
　知人かと思って近づいたら、席を譲ってくれる人だった。
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　新聞は『82歳の生活ってこうなんだ』と思いながら読んだ。
　　　今これを打ちこみながら『くすくす」笑いが込み上げてきた。
　　　いずれ来てほしい“82歳”。
　　　日々見つめれば、話題に事欠かない楽しい生活のようで、ちょっと待ち遠しい気がした。




★ショートケーキの語源は？

　真偽のほどは定かではないが。

　　　　　　　◇

　本来の「shortcake」の定義は、「ショートニングの入った生地と果物で作ったケーキ」です。
　日本語では生クリームも使っているものを指すことが多く、また俗語として狭くイチゴショートのみを指すこともあります。

　本来の意味でいえば、バナナショートもキウイショートもありますが、狭義のショートケーキはイチゴショートでしょう。
　イチゴが乗っていればショートケーキというのは、日本ではイチゴショート以外のショートケーキが少ないための勘違いと思われます。

　ショートは材料の「ショートニング（shortening）」の前半分を取ってショートです。
　英語の形容詞で「short」と言うだけで、「壊れやすい」「さくさくした」という意味があります。

　ショートニングの分量が多かった菓子は壊れやすいためです。
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　私は『小さい』のショートかと思っていた。
　　　だから『ショートケーキ』は切り分けられ、苺の乗ったケーキです。

　　　　※shortのさくさくしたはYahoo 辞書にありました
　　　　　　〈菓子などが〉かりかり［さくさく］する；〈練り粉などが〉ショートニングを多く含む 
 　　　　　　 a short flaky pie crust
　　　　　　　　さくさくする薄いパイの皮。 　

　</p>]]></description>
	<pubDate>Thu, 4 Mar 2010 23:25:53 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★新聞から<br>
<br>
　　≪　８２歳のつれづれなる日常　≫　熊本県　川上正英　（82）<br>
<br>
　82歳になった。<br>
　オジイサンと言われてもむっとしなくなった。<br>
　久しぶりに会った友人知人が老けているのに驚く。<br>
<br>
　年賀状が転居先不明で戻ってくるのが多くなった。<br>
　あの世まで届かないらしい。<br>
　新しく来た年賀状は一枚もなかった。<br>
<br>
　家内は女学校時代、県大会で優勝したバレーの選手だった。<br>
　今、小柄なバアサンである。<br>
　家内の顔をつくづくと見るのはやめた。<br>
<br>
　景色がどんより見えるので黄砂か光化学スモックだと思っていてら、<br>
　眼科の医師から白内障で濁りがひどいと言われた。<br>
<br>
　病院の受付で少し耳が遠いのでよろしくと言ったら以後すべて筆談だった。<br>
　待合室に座っていたら、看護師さん来て、「昨日申し上げたはずですが、あなたの治療は昨日で終わってます」。<br>
<br>
　電車の後ろに立っていると、前の方でしきりに手招きをする人がいるので<br>
　知人かと思って近づいたら、席を譲ってくれる人だった。<br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　新聞は『82歳の生活ってこうなんだ』と思いながら読んだ。<br>
　　　今これを打ちこみながら『くすくす」笑いが込み上げてきた。<br>
　　　いずれ来てほしい“82歳”。<br>
　　　日々見つめれば、話題に事欠かない楽しい生活のようで、ちょっと待ち遠しい気がした。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
★ショートケーキの語源は？<br>
<br>
　真偽のほどは定かではないが。<br>
<br>
　　　　　　　◇<br>
<br>
　本来の「shortcake」の定義は、「ショートニングの入った生地と果物で作ったケーキ」です。<br>
　日本語では生クリームも使っているものを指すことが多く、また俗語として狭くイチゴショートのみを指すこともあります。<br>
<br>
　本来の意味でいえば、バナナショートもキウイショートもありますが、狭義のショートケーキはイチゴショートでしょう。<br>
　イチゴが乗っていればショートケーキというのは、日本ではイチゴショート以外のショートケーキが少ないための勘違いと思われます。<br>
<br>
　ショートは材料の「ショートニング（shortening）」の前半分を取ってショートです。<br>
　英語の形容詞で「short」と言うだけで、「壊れやすい」「さくさくした」という意味があります。<br>
<br>
　ショートニングの分量が多かった菓子は壊れやすいためです。<br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　私は『小さい』のショートかと思っていた。<br>
　　　だから『ショートケーキ』は切り分けられ、苺の乗ったケーキです。<br>
<br>
　　　　※shortのさくさくしたはYahoo 辞書にありました<br>
　　　　　　〈菓子などが〉かりかり［さくさく］する；〈練り粉などが〉ショートニングを多く含む <br>
 　　　　　　 a short flaky pie crust<br>
　　　　　　　　さくさくする薄いパイの皮。 　<br>
<br>
　]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100303_wps3.html">
	<title>赤外線の可視化？</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100303_wps3.html</link>
	<dc:date>Wed, 3 Mar 2010 23:53:28 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>写真①：（赤外線）デジタルカメラを通して見たリモコン
写真②：（紫外線）ブラックライトを当てた蛍光ペン

★赤外線が見える

　赤外線は通常は肉眼では見えないが、デジタルカメラを使うと赤外線が見える。

　◆紫外線もブラックライトで見える。
　http://www.aichi-c.ed.jp/contents/rika/koutou/buturi/bu9/sekigaisen/sekigaisen.htm　

　　　※ブラックライト (black light)
　　　　わずかに眼で見える長波長の紫外線を放射するライトである。
　　　　ブラックライトの光自体は人間の目にほとんど見えないが、
　　　　ブラックライトを当てた物体はその中に含まれる蛍光体だけが発光するため、
　　　　非破壊検査に使われるほか、視覚効果の一種としても利用される。
　
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　道具を使えば赤外線も紫外線も可視光線となる。


</p>]]></description>
	<pubDate>Wed, 3 Mar 2010 23:53:28 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[写真①：（赤外線）デジタルカメラを通して見たリモコン<br>
写真②：（紫外線）ブラックライトを当てた蛍光ペン<br>
<br>
★赤外線が見える<br>
<br>
　赤外線は通常は肉眼では見えないが、デジタルカメラを使うと赤外線が見える。<br>
<br>
　◆紫外線もブラックライトで見える。<br>
　http://www.aichi-c.ed.jp/contents/rika/koutou/buturi/bu9/sekigaisen/sekigaisen.htm　<br>
<br>
　　　※ブラックライト (black light)<br>
　　　　わずかに眼で見える長波長の紫外線を放射するライトである。<br>
　　　　ブラックライトの光自体は人間の目にほとんど見えないが、<br>
　　　　ブラックライトを当てた物体はその中に含まれる蛍光体だけが発光するため、<br>
　　　　非破壊検査に使われるほか、視覚効果の一種としても利用される。<br>
　<br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　道具を使えば赤外線も紫外線も可視光線となる。<br>
<br>
<br>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100302_wps3.html">
	<title>楽しそうに</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100302_wps3.html</link>
	<dc:date>Wed, 3 Mar 2010 00:54:30 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★新聞の仕事力に載ったいい言葉

　　≪　どうせなら
　　　　　　　楽しそうに仕事しよう 　≫　　新井満氏


　　仕事をするチェックポイント 

　　　1.その仕事は、好きか？ 

　　　2.新しいジャンルの仕事か？

　　　3.社会性はあるか？ 


　　今までの私は
　　　一番が好きか。　次いで生活できるか。　そして社会性があればなお良い。

　　これからは
　　　一番が好きか。　次いで満たされるか。　そして周りに喜んでもらえるか。


　　≪　どんな時にも
　　　　　楽しそうに仕事をしよう ≫

　　楽しくなるように自分を仕向けるだけで気持よく働ける。

　　自分も、見ている周りも、明るくなり不思議なエネルギーが湧いてきそう。

　　これは最近いわれている作り笑顔と同じかもしれない。　　　　

　　</p>]]></description>
	<pubDate>Wed, 3 Mar 2010 00:54:30 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★新聞の仕事力に載ったいい言葉<br>
<br>
　　≪　どうせなら<br>
　　　　　　　楽しそうに仕事しよう 　≫　　新井満氏<br>
<br>
<br>
　　仕事をするチェックポイント <br>
<br>
　　　1.その仕事は、好きか？ <br>
<br>
　　　2.新しいジャンルの仕事か？<br>
<br>
　　　3.社会性はあるか？ <br>
<br>
<br>
　　今までの私は<br>
　　　一番が好きか。　次いで生活できるか。　そして社会性があればなお良い。<br>
<br>
　　これからは<br>
　　　一番が好きか。　次いで満たされるか。　そして周りに喜んでもらえるか。<br>
<br>
<br>
　　≪　どんな時にも<br>
　　　　　楽しそうに仕事をしよう ≫<br>
<br>
　　楽しくなるように自分を仕向けるだけで気持よく働ける。<br>
<br>
　　自分も、見ている周りも、明るくなり不思議なエネルギーが湧いてきそう。<br>
<br>
　　これは最近いわれている作り笑顔と同じかもしれない。　　　　<br>
<br>
　　]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100301_wps3.html">
	<title>打落水狗　</title>
	<link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100301_wps3.html</link>
	<dc:date>Tue, 2 Mar 2010 00:40:27 +0900</dc:date>
	<description><![CDATA[<p>★打落水狗　（だらくすいく）：

　以前、この日記で『こだわる』という言葉は良い意味では使われてなかったことを書いてから

　『こだわる』が使えずにいた。

　たまたま今日の朝日新聞夕刊に『拘泥』という言葉を発見。

　この『拘泥』は使えるかなとＮＥＴで調べていたら、もっと面白い『打落水狗』に出合えた。

　≪　こだわる にビックリ！！　≫
　http://www.karadakara.com/note/my/record/day/20090921_wps3.html

　　　　　　　　◇　
　＜以下引用＞

　◆水に落ちた犬は打て

    『阿Ｑ正伝』などで知られ、20世紀の中国を代表する作家、魯迅は革命運動家でもあった。

　　その魯迅の言葉として有名なのが「打落水狗」つまり「水に落ちた犬は打て」である。

　　　　1926年、魯迅が反革命派が占める北京を逃れ南下するときに述べたといわれる。
　　　　彼は当時の反革命派を「犬」と呼んで憎んでおり、反革命にそまった“悪人”に対しては
　　　　情け容赦もかけるべきではない、と言ったのである。

　　　　1926年は孫文が亡くなった次の年。蒋介石が北伐を始めた年である。
　　　　20世紀前半の中国での革命勢力対反革命派の対立の厳しさを表した言葉だといえる。

　　これはサンケイ新聞掲載の中国革命に関する解説記事の一部です。
　　
　　　　　        

　◆『溺れる犬は石もて打て』という言葉は「水に落ちた犬は打て（打落水狗）」から派生したものだと思います。

　　元の「水に落ちた犬は打つな（不打落水狗）」という言葉を、魯迅がひっくり返して作った言葉です。

　　『 勇敢な拳闘士は、すでに地に倒れた敵には決して手を加えぬそうである。
　　　これはまことに吾人の模範とすべきことである。ただし、それにはもうひとつ条件がいる、と私は思う。

　　　すなわち、敵もまた勇敢な闘士であること、一敗した後は、みずから恥じ悔いて、再び手向かいしないか、
　　　あるいは堂々と復讐に立ち向かってくること。これなら、むろんどちらでも悪くない。

　　　しかるに犬は、この例を当てはめて、対等の敵と見なすことができない。
　　　何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は「道義」などを絶対に解さぬのだから。

　　　まして、犬は泳ぎができる。かならず岸へはい上がって、油断していると、まずからだをブルブルッと振って、
　　　しずくを人のからだといわず顔といわず一面にはねかけ、しっぽを巻いて逃げ去るにちがいないのである。

　　　しかも、その後になっても、性情は依然として変わらない。
　　　愚直な人は、犬が水へ落ちたのを見て、洗礼を受けたものと認め、きっと懺悔するだろう、

　　　もう出てきて人に咬みつくことはあるまいど思うのはとんでもないまちがいである。
　　　(『フェアプレイ』はまだ早い」 魯迅 『魯迅文集3』竹内好訳 ちくま文庫) 』
　　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿　
　　　　⇒　反革命派　→　「犬」とみる　→　犬は懺悔などしない　→　犬だから徹底的にたたく 


　◆作者の魯迅は、日本に留学し、東北大学医学部（当時の仙台医学専門学校）で学んだことがある。

　　そのとき、教室で、日露戦争における中国人露探（ロシア側のスパイ）処刑のスライドを見た。

　　これを契機に、魯迅は、中国の社会改革と革命に関心を深め、人体を扱う医学から社会改革を目指す道に転じた。

　　最後に処刑される阿Qの記述は、中国人露探の処刑とそれを見物する中国人観衆の様子を反映している。

　　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BFQ%E6%AD%A3%E4%BC%9D



　◆魯迅(1881‐1936)には小説のほかに数多くの評論・随筆があり、寸鉄人を刺す筆を揮った。

　　その中から自己の心境を述べた「『墓』の後に記す」、3.18事件に抗議した「花なきバラ」、

　　林語堂との論争記録「『フェアプレイ』はまだ早い」、

　　講演「魏晋の気風および文章と薬および酒の関係」、遺言を記した「死」など。 


　　
　◆落水狗（タールオシュイコウ）=水に落ちた犬を打つ、というのは故事から出た表現ではなく、

　　昔から中国で使われていた言い回しです。それを魯迅が使って有名になりました。

　　魯迅が守旧派と闘い続けることに対し、嘗ては盟友った林語堂（リンユータン）が

　　「水に落ちた犬を打つな、フェアプレーをしろ」と言ったことに対し、

　　「水に落ちた犬を救ったばっかりに殺された人がいる。やはり水に落ちた犬を打たなければいけない。」

　　（魯迅の論文「フェアプレーはまだ早い」）と反論し、有名な言い回しになりました。

　　　　　…この言葉は中国の故事語源辞典を探しても無かったので、中国人の先生に聞いたところ、
　　　　　　「ことわざではない。単なる比喩的表現だ。」ということでした。
　　http://q.hatena.ne.jp/1097462680

　　



★暗縁
　月が恒星や惑星を隠すことを、「星食」という。
　１等星や惑星が月に隠されることはあまりないが、暗い恒星はしょっちゅう月によって隠され、星食が起こる。
　月の光が当たっていない部分を「暗縁」という。暗縁は隠されていくのが観察しやすい。双眼鏡や望遠鏡で見られる。
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　『日食』、『月食』があれば『星食』があっても不思議はないが
　　　星は小さく、数多だから、取り立てて話題にならないのだろう。
　　　それよりも『暗縁』と云う言葉に目新しさを感じた。
　　　『暗青』ではないんですね。




</p>]]></description>
	<pubDate>Tue, 2 Mar 2010 00:40:27 +0900</pubDate>
  <content:encoded><![CDATA[★打落水狗　（だらくすいく）：<br>
<br>
　以前、この日記で『こだわる』という言葉は良い意味では使われてなかったことを書いてから<br>
<br>
　『こだわる』が使えずにいた。<br>
<br>
　たまたま今日の朝日新聞夕刊に『拘泥』という言葉を発見。<br>
<br>
　この『拘泥』は使えるかなとＮＥＴで調べていたら、もっと面白い『打落水狗』に出合えた。<br>
<br>
　≪　こだわる にビックリ！！　≫<br>
　http://www.karadakara.com/note/my/record/day/20090921_wps3.html<br>
<br>
　　　　　　　　◇　<br>
　＜以下引用＞<br>
<br>
　◆水に落ちた犬は打て<br>
<br>
    『阿Ｑ正伝』などで知られ、20世紀の中国を代表する作家、魯迅は革命運動家でもあった。<br>
<br>
　　その魯迅の言葉として有名なのが「打落水狗」つまり「水に落ちた犬は打て」である。<br>
<br>
　　　　1926年、魯迅が反革命派が占める北京を逃れ南下するときに述べたといわれる。<br>
　　　　彼は当時の反革命派を「犬」と呼んで憎んでおり、反革命にそまった“悪人”に対しては<br>
　　　　情け容赦もかけるべきではない、と言ったのである。<br>
<br>
　　　　1926年は孫文が亡くなった次の年。蒋介石が北伐を始めた年である。<br>
　　　　20世紀前半の中国での革命勢力対反革命派の対立の厳しさを表した言葉だといえる。<br>
<br>
　　これはサンケイ新聞掲載の中国革命に関する解説記事の一部です。<br>
　　<br>
　　　　　        <br>
<br>
　◆『溺れる犬は石もて打て』という言葉は「水に落ちた犬は打て（打落水狗）」から派生したものだと思います。<br>
<br>
　　元の「水に落ちた犬は打つな（不打落水狗）」という言葉を、魯迅がひっくり返して作った言葉です。<br>
<br>
　　『 勇敢な拳闘士は、すでに地に倒れた敵には決して手を加えぬそうである。<br>
　　　これはまことに吾人の模範とすべきことである。ただし、それにはもうひとつ条件がいる、と私は思う。<br>
<br>
　　　すなわち、敵もまた勇敢な闘士であること、一敗した後は、みずから恥じ悔いて、再び手向かいしないか、<br>
　　　あるいは堂々と復讐に立ち向かってくること。これなら、むろんどちらでも悪くない。<br>
<br>
　　　しかるに犬は、この例を当てはめて、対等の敵と見なすことができない。<br>
　　　何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は「道義」などを絶対に解さぬのだから。<br>
<br>
　　　まして、犬は泳ぎができる。かならず岸へはい上がって、油断していると、まずからだをブルブルッと振って、<br>
　　　しずくを人のからだといわず顔といわず一面にはねかけ、しっぽを巻いて逃げ去るにちがいないのである。<br>
<br>
　　　しかも、その後になっても、性情は依然として変わらない。<br>
　　　愚直な人は、犬が水へ落ちたのを見て、洗礼を受けたものと認め、きっと懺悔するだろう、<br>
<br>
　　　もう出てきて人に咬みつくことはあるまいど思うのはとんでもないまちがいである。<br>
　　　(『フェアプレイ』はまだ早い」 魯迅 『魯迅文集3』竹内好訳 ちくま文庫) 』<br>
　　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿　<br>
　　　　⇒　反革命派　→　「犬」とみる　→　犬は懺悔などしない　→　犬だから徹底的にたたく <br>
<br>
<br>
　◆作者の魯迅は、日本に留学し、東北大学医学部（当時の仙台医学専門学校）で学んだことがある。<br>
<br>
　　そのとき、教室で、日露戦争における中国人露探（ロシア側のスパイ）処刑のスライドを見た。<br>
<br>
　　これを契機に、魯迅は、中国の社会改革と革命に関心を深め、人体を扱う医学から社会改革を目指す道に転じた。<br>
<br>
　　最後に処刑される阿Qの記述は、中国人露探の処刑とそれを見物する中国人観衆の様子を反映している。<br>
<br>
　　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BFQ%E6%AD%A3%E4%BC%9D<br>
<br>
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<br>
　◆魯迅(1881‐1936)には小説のほかに数多くの評論・随筆があり、寸鉄人を刺す筆を揮った。<br>
<br>
　　その中から自己の心境を述べた「『墓』の後に記す」、3.18事件に抗議した「花なきバラ」、<br>
<br>
　　林語堂との論争記録「『フェアプレイ』はまだ早い」、<br>
<br>
　　講演「魏晋の気風および文章と薬および酒の関係」、遺言を記した「死」など。 <br>
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　　<br>
　◆落水狗（タールオシュイコウ）=水に落ちた犬を打つ、というのは故事から出た表現ではなく、<br>
<br>
　　昔から中国で使われていた言い回しです。それを魯迅が使って有名になりました。<br>
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　　魯迅が守旧派と闘い続けることに対し、嘗ては盟友った林語堂（リンユータン）が<br>
<br>
　　「水に落ちた犬を打つな、フェアプレーをしろ」と言ったことに対し、<br>
<br>
　　「水に落ちた犬を救ったばっかりに殺された人がいる。やはり水に落ちた犬を打たなければいけない。」<br>
<br>
　　（魯迅の論文「フェアプレーはまだ早い」）と反論し、有名な言い回しになりました。<br>
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　　　　　…この言葉は中国の故事語源辞典を探しても無かったので、中国人の先生に聞いたところ、<br>
　　　　　　「ことわざではない。単なる比喩的表現だ。」ということでした。<br>
　　http://q.hatena.ne.jp/1097462680<br>
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★暗縁<br>
　月が恒星や惑星を隠すことを、「星食」という。<br>
　１等星や惑星が月に隠されることはあまりないが、暗い恒星はしょっちゅう月によって隠され、星食が起こる。<br>
　月の光が当たっていない部分を「暗縁」という。暗縁は隠されていくのが観察しやすい。双眼鏡や望遠鏡で見られる。<br>
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
　⇒　『日食』、『月食』があれば『星食』があっても不思議はないが<br>
　　　星は小さく、数多だから、取り立てて話題にならないのだろう。<br>
　　　それよりも『暗縁』と云う言葉に目新しさを感じた。<br>
　　　『暗青』ではないんですね。<br>
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]]></content:encoded>
</item>
 <textinput rdf:about="">
  <title>雨一番</title>
  <description>★北海道には

　≪ 雨一番 ≫
　　　　　　：北海道で立春の後、初めて雪をまじえずに雨だけが降る日。

　があるという。
　何人もの北海道出身者と仕事をしてきたが『雨一番』は聞いたことがない。

　雨一番の平均日：
　　函館 ３月　２日
　　札幌 ３月１５日
　　釧路 ３月１８日
　　旭川 ３月２１日・・・今日です。この時期になって、やっと『雪の混じらない雨』が降る。緯度の違いを感じる。　　　　　　　　　　　　　
　　網走 ３月２７日
　http://ynishioka.net/i-mode/i-essay3.2.htm　

　
★ついでに『春一番』が北海道にはないのか調べたが不明。
　語源が見つかった。

　≪春一番の語源≫

　には諸説がありますが、私は池田市史資料編の稲束家日記に書かれた春一番の記事が最も古く、
　合理的なもののような気がします。資料としても、押しも押されもせぬ一級史料です。

　以前、気象予報士会の会報「てんきすと」に投稿した記事を掲載してみます。

　　　春一番の初見と語源について
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　春一番の語源について、東京堂出版の「最新気象の事典」によると、諸説はあるとしながらも
　「安政六年（西暦１８５９年）壱岐の漁師五十三人が強い突風で遭難してから、

　猟師の間で春の初めの強い南風を、春一とか春一番というようになった。」という説を紹介している。
　ところが、先日池田市史の史料編にある「稲束家日記」の天保二年一月十一日（１８３１年２月２３日）に

　「晴天午ノ刻より雨、春一番東風」との記述を見つけた。
　天保二年は安政六年より二十八年前であり、壱岐の漁師の大量遭難より前に

　春一番という用語が使われていたことが明らかになった。
　また、同じ日記の安政二年一月八日の記事に、春一番ついての解説があったので引用する。

　　　　江戸廻船人之通語ニ秋冬西北風かちのもの常也、江戸下日和は多ク上方へ登船少
　　　　ク自然と江戸滞船多、春気の東風吹初待チ受登船多在之、因之春一番と唱

　とある。語源を壱岐の猟師の遭難にとると、主な意味として南よりの暴風といったイメ―ジが前面にでるが
　本来の意味は冬の季節風（西よりの風）のため江戸で滞船を余儀なくされた船人たちが
　上方へ帰るために待ちわびた、春の初めに吹く強い東風だったようである。

　ちなみに、各地の日記から作成した天保二年一月十日、十一日、十二日の天気分布は、
　・十日は全国的に西よりの風で晴れ。

　・十一日の正午には、日本海を通過中と思われる低気圧の進行に伴い、
　　近畿以西で雨、中部、関東、北陸で曇り、東北、北海道では晴となっている。
　　この低気圧に向かって東～南風が吹き込み、大阪府池田市で東風、東京都新島で東風のち南風、
　　また、金沢市や上越市などで昇温が記録されている。
　　低気圧のスピードは雨域の進行速度から、大ざっぱに、時速６０キロくらいの模様で、

　・翌十二日は北海道の厚岸町で「暁天より存外の大雨」となっており、
　　低気圧は発達しながら日本海上を北東進し十二日の正午頃にはオホーツク海に抜けたと考えられる。

　春一番が江戸大坂の廻船の船人の用語であったとすると
　春一番という言葉の発生は十七世紀頃までさかのぼれる可能性がある。今後の史料発見に期待したい。

　http://blog.goo.ne.jp/11111fumitomo/e/0d112f2391592725d48fad64d2a838d9



★　≪父のいない墓参り≫

　今日は姉手作りの牡丹餅を食べ
　家族でお墓参りに行ってきました。
　父が亡くなって２度目の春彼岸です。

　普段世話になっている７６歳の叔父から頼まれ、町内会の決算書を作成した。
　様式がメチャメチャなので雛型をダウンロードし、作り直した。
　５３／５６部印刷していたらインク切れ。
　後３部なのに！　仕方ないのでプリンタのアラームをリセットし印刷した。
　明日、インクを買ってこよう。



</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100321_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>コンセプトと情熱</title>
  <description>昨日、今日と、いい番組を観た。

　・昨日：　ユニ・チャームの『リハビリ・パンツ』の開発。
　・今日：　『みやじ豚』・・・農業を、第一次産業を魅力ある仕事にした。　


　消費者に、生産者の想いを伝えるための『メッセージ』と、諦めない『情熱』。
　この２社の成功は、単に会社の利益だけでない点がいい。

　①ユニ・チャームの
　　　≪リハビリ・パンツ≫

　　使って戴こうと試供品を持って施設まわりをしても、立ったまま穿くオムツなんて、と、どこでも相手にされなかった。
　　多忙な介護師からみれば、寝た状態での横テープが使い易いが、それは利用者を寝たきりにする。
　　なんとか穿くオムツで、立てる方を寝たきりにさせたくないと考える開発者。

　　・運
　　　偶然見たリハビリを奨励するＴＶ番組から、立ったまま穿くオムツがリハビリに使えないか、とのヒントを得た。

　　・情熱
　　　テレビ局を説得し、その番組の映像を借り、ユニ・チャーム新商品発表会で流した。

　　・メッセージ
　　　その新商品発表会が、リハビリの現状をユニ・チャームの全小売店側に伝える機会となった。
　　　人は下の世話を他人に任せるようになると脳が諦めてしまうという。
　　　少しでも立てる方なれば、オムツからパンツに替え、その先にリハビリがある。

　　　そう、リハビリがＫＥＹだ。
　　　コンセプトは『リハビリ・パンツ』に決まった。


　　母もこのリハビリ・パンツを穿いている。
　　普段は、おもらしをしないが、保険的に穿いている。
　　冬は暖かいし、何よりも本人がオムツと思ってないのがいい。

　　ユニチャームにお礼が言いたい。
　　よくぞ諦めずに商品を世に出してくれたと。
　　これで多くの要介護者が救われていると思う。



　②神奈川の
　　≪みやじ豚≫

　　大学生の時、親父の養豚肉を食べた友人から
　　『うまい、こんなうまいのは今まで食べたことがない』という言葉を聞いた。

　　この時、親父の豚はうまいんだと気付いたという。
　　が、養豚業の経営は赤字。

　　当時の豚肉は、品種、体重、肉付で価格が決まり
　　どれだけ、手間暇かけた（＝美味しい）か、は価格に入らなかった。
　　

　　この３１歳の息子は、毎月自宅でバベキューパーティを開いた。
　　最初は２０名位だったが、だんだん増え１００名までに。

　　販売方法も、自宅での直接販売とＮＥＴ通販の２つ。
　　１００ｇ　３００円以上するが繁盛している。

　　六本木に『六本木農園』というレストランを開いているが毎日予約で満席。
　　経営も５年で黒字となった、農業の優等生。

　　今、農家のせがれ（？）を立ち上げ、農家の後継者の夢を応援している。
　　⇒この団体のことは、以前聞いたことがある。

　　彼の成功は販売経路の開拓ににある。
　　今では大手スーパー５社とも契約しているという。
　　消費者は美味しいものには、それなりの金額を払う人も大勢いるのだから。

　　「六本木農園」レストランでは月一回、消費者に生産者を紹介しているようだ。
　　ほうれん草を栽培している〇〇さんです、っと。

　　振り向かなかった第一次産業に光を当て、食っていける産業だと若人に投げかけているメッセージは大きい。
　　
　　みやじ養豚
　　http://www.miyajibuta.com/tasty/

　　レストラン「六本木農園」
　　http://roppongi-nouen.jp/
　　　

　</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100319_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>対象喪失</title>
  <description>★　≪対象喪失≫

　鳥取県知事であった片山善博氏が

　高校２年生からの付き合いであった奥様を昨年なくされた心境を語っての言葉。

　奥様を『記憶を共有した存在』との表現に、その同志として生きてきた絆の深さと『対象喪失』感が伝わってきた。

　奥さんの看病のために知事職を退き、自宅で看られた最後の４カ月間は

　できる全てをし尽くした満足感すらあったと語る片山氏。

　さらに奥様以外の女性と付き合ったことがないともいう。

　なんという誠実さか。

　最後に　『而今』（今を精いっぱい生きるという仏教語）という言葉で今の心境を語ってました。

　奥様を亡くされたことは悲しい出来事ではあるが、これほどまで『夫婦』を貫き通せたお二人を羨ましくも思う。




★　≪麒麟、伝説の動物という意味ですが≫

　とテレビから聞こえてきた。

　えっ、伝説の動物？　どういうこと。

　ホント！　辞書にあった。　あぁ、無知だな。　でも昔聞いたことがあるような気もする。
　加齢現象か、知っていたってことをとっさに思い出せず、『知らなかった』となることがある。

　　麒麟：中国の想像上の動物。
　　　　　聖人が出現する前兆として現れるといわれた。
　　　　　体形は鹿、蹄(ひづめ)は馬、尾は牛に似て、頭に1本の角があり、全身から5色の光を放つという。
　　　　　



　
★　≪呑舟之魚不遊支流≫

　　呑舟の魚は支流に泳がず　（列子）・・・吉田茂邸に飾ってあったようです。

　　　　　　　　◇

　『呑舟の魚』とは、舟をひと飲みするような魚まである。
　そういう大きな魚は、河の支流には泳がないのだと言う。

　この言葉には以下のような意味があると思います。
　①大きな目標を持つこと
　②環境を整えること

　人生の目標は、大きな程よいものです。
　初めから小さな目標を立てると、それだけの結果に甘んじてしまう事があります。

　その点大きな目標は、例え半分しか達成できなくてもかなりのところまで到達している事があります。
　次にその目標を実現するための環境を整えることが必要です。
　
　「支流」に巻き込まれないように、いつもしっかりと目標に向かって歩くことが必要です。
　時間はかかってもかまいません。常に目標から目を離してはなりません。
　http://www.gld.mmtr.or.jp/~sumiyosi/tetugaku(jinsei)2.htm
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　確かに、小さな目標の完遂よりも、大きな目標の未完遂の方が達成度合は大きい気がします。 
　　　現実に夢を合わせず、『夢』を諦めない生き方をしよう。



　　
　

　

而今（じこん）：今を精いっぱいに生きる</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100317_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>インターバル速歩</title>
  <description>★インターバル速歩の誕生

　競歩のように長い時間速歩を続けることは、中高年には難しく、長続きもしません。

　そこで考えられたのが、数分間速歩を行い、その合間に軽いウォーキングを挟みます。

　そして、その動作を繰り返すことで、適度な強さで無理なく運動を続けることができます。

　それがインターバル速歩なのです。

　http://www.walking-style.com/academy/study/002/interval.php
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　速歩を長く続けられない人のために、考えられた走法とは知らなかった。
　　　緩急をつけた走法の方が、却って、いいとさえ思い取り入れていたのに。
　　　今度は長く速歩をしよう。




　　　</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100316_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>ブラインドサッカー　</title>
  <description>★今日の言葉

　≪ブラインドサッカー　≫

　　　　　　ブラインドサッカーは、視覚障害者のスポーツとして開発された。
　　　　　　　Ｂ１クラスとＢ２／３クラスという二つのカテゴリーがあり、
　　　　　　　・Ｂ１クラスでは、アイマスクを装着し、全盲状態でサッカーします。
　　　　　　　・Ｂ２／３クラスは、弱視者のプレーするフットサルです。

　盲人がサッカーをしたいと言っていた。

　歩くのさえ恐怖なのでは、と思う身には驚きであった。

　どこから、闇夜でサッカーをしたいという欲望が湧いてくるものなのか。

　盲人の気持ちへの理解が足りないなあ。

　　　　　　　　◇


　◆日本の視覚障害者サッカーは２００１年秋、

　　パラリンピックでの競技設定を目指し、大阪で産声を上げた。

　　府立盲学校の体育館に集まった参加者たちが恐る恐るボールを蹴ったその翌年には

　　日本視覚障害者サッカー協会(JBFA)が設立、現在は競技人口も約３００人に広がり、

　　東西の日本リーグや日本選手権を開いている。

　　

　◆プレーヤーにこのスポーツの魅力を聞けば、まず聞こえてくるのが、「ピッチを自由に走れること」。

　　視覚障害者にとって、みずからの判断で自由に動く、ましてや走り回る、という行為は、

　　なかなか経験できることではないようです。

　　サッカーのピッチのなかでは、それが出来る。

　　その魅力に引かれ、サッカーを始めたプレーヤーも多いようです。

　　また、チームワークが強く求められる点も、プレーヤーを引きつけます。

　　音声情報を頼りにしている選手にとっては、味方がどこにいるのか、

　　プレーがどんな展開をしているのか、それらは味方の声や、練習によって築き上げた共通の認識から把握できるものです。

　　ピッチに4人が立っている以上に、深めなくてはならない絆が数多く存在するのです。

　　そして、「何よりもサッカーは楽しい」という声も多いです。

　　サッカーの持つ魅力が歪められることなく、ルールが整えられていることで、

　　「あの大好きなサッカーを自分もプレーできる！」という気持ちが強いのでしょう。

　　http://www.b-soccer.jp/appeal.html



　≪ひこばえ≫

　鎌倉の老木保存の一方法として『孫(ひこ)生え』を取り上げていた。

　通常は、この『ひこばえ』は切り落とすのだが、今回の倒れた老木の保存には、このひこばえの活用も一案であると。

　土についている根があるので、かなりの確率でひこばえが生えてくるそうです。よかった。



★テレビから

　≪目覚めよ日本のIT　①出遅れ真相 ≫
　　　　　　　　　　ワールドビジネスサテライトＩＴ


　ＩＴが進んでいるフィンランドを引き合いに出したコメンテイターの指摘がいい。

　「フィンランドでは森が多く、現実の行政サービスが行き届いてないからＩＴ化が進んだ。

　　日本は行き届いているからＩＴ化に後れを取った」。

　
　日本は個々の会社では高い技術を有しているが、それがＩＴ化されなかったのには

　需要のなさにも一因があったのか。意外であった。


　韓国でのＩＴ化は
　　・住民票が自宅のＰＣで取れる。
　　・病院から薬局に処方箋を送ることができ、薬局での待ち時間が短縮できる。

　う～ん、生活に根付いてますね、行政機関が遠い地域の方にはＩＴ化は便利です。


　日本で、通信業界、コンピュータ、ソフト・ゲーム、音楽等の業界が一丸となり

　ＩＴ産業を興すには国の旗振りが不可欠と思う。
　
</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100315_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>no title</title>
  <description>★今日から、いよいよ

　≪大相撲三月場所≫

　　白鵬の独り横綱場所。

　相撲甚句
　http://video.search.yahoo.co.jp/video/42a9c19df0296e02282007a74a3ade3e</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100314_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>鳩　と　耳石器</title>
  <description>★着付け教室

　先日、ある着付け教室から、簡単な着付け（２Ｈ・無料）をマンツーマンでやっていますが

　いかがでしょうか、と電話があった。


　今日、行ってみて小物の変わりように驚きです。

　私は、子供のお宮参り・七五三、結婚披露宴に着た。これは、もう何十年も前の話し。

　最近は娘の結婚式で着たが、以前と同じ方法で着せてもらった。


　今回のは、短期間（２Ｈｘ８回）で着られるように小間物が工夫されていた。
　
　もう補正のためのタオルは不要で、腰にパットを挿入したチャンピオンベルトのようなものを付けるだけでした。

　また、下前衿を留める『コーリ〇ベルト』。これ社名なのかな？　便利でした。

　これなら、ちょっと気軽に着られそう。

　母の和ダンスには着物が何枚も。後でもらおうかな、なんてことを初めて思った。　

　


★昨日の新聞に

　≪　ハトの通信史　≫　作家　黒岩比佐子氏

　が載っていた。

　何故『鳩』なんだろうと。

　　　　　　　◇

　鳥やサケ、ミツバチなどは体内にコンパスのようなモノが備わっていて、

　地球の磁場を感知し方角を知るということは古くから考えられていた。

　鳩は特に優れた生体磁石を持ち、方向感覚と帰巣能力に長けているので

　『軍用鳩』、『通信鳩（伝書鳩）』

　として活躍した。（鳩は天候に左右されず暗闇でも帰巣することができる）。


　◆ごく最近、広島大学の、原田学長が証明したものでは鳥や魚には磁性を持つ耳石が耳石器内にあり、
　　これが地磁気を感知してナビゲーターの役割を果たすというものもあります。

　　この説は鳥や魚の耳石器にはほ乳類にはない第三の耳石器「壺嚢」があり、
　　この中の耳石にある、磁性物質が地磁気の変化に応じて、壺嚢の感覚毛を刺激し、 感覚細胞を興奮させ、
　　これが脳に伝わることによって、鳥、魚は飛ぶ方向や泳ぐ方向を判断するというもので、
　　実際にハトでの実験が行われ壺嚢が地磁気を感じるセンサーだということが立証されています。

　　

　

　堂鳩（だうばと）：神社仏閣などに住み着いた鳩「たうばと（塔鳩）」などと呼ばれていた。
　これがドバト（都市公園などでも多く見かける鳩）の語源ではないかと言われています。
渡り鳥ではないのに地球磁場を鋭敏に感知できる生体磁石の並外れた能力があり、方向感覚と帰巣能力に長けています。長距離飛行も可能で、通信手段（伝書鳩）として古くから家禽化されてきました。紀元前3000年頃のエジプトですでに伝書鳩を利用していた記録があるそうです。</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100311_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>『陸軍記念日』</title>
  <description>写真①：現存するフランス式繰糸機
写真②：フランス式繰糸機復元機　http://www.okaya-museum.jp/exhibit/details/19.html

★今日は　『陸軍記念日』

　母から、今日は陸軍記念日と聞いたが、そんな記念日って聞いたことない。

　母の勘違いかと思っったら、本当にあった。

　だが、戦後は廃止されたようだ。

　　　　　　　　◇
　

　1905年3月10日に日露戦争の奉天会戦で、大日本帝国陸軍軍が勝利し、奉天（現在の瀋陽）を占領して奉天城に入場した日である。

　これを記念して、翌1906年から休日としたもの。

　1945年3月10日の東京大空襲は、この陸軍記念日を狙って実施されたという説が有力である。
　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E8%BB%8D%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5




★新聞に『フランス式繰糸機』とあった。

　『撚糸』なら聞いたことがあるが、『繰糸機』という言葉は知らなかった。

　工程とすれば
　　　　　　繭　－＞　繰糸　－＞　撚糸
　だろうか。
　　

　　　　　　　　◇

　≪　たった一台残った、フランス式繰糸機　≫

　『現存しない』といわれていたフランス式繰糸機があった！

　長野県岡谷市の市立岡谷蚕糸博物館に、明治５年旧官営富岡製糸場で実際に使われていたフランス式繰糸機が展示されている。

　繰糸機はフランス人技師、ポール・ブリュナが日本人に合わせて特別に作らせたもので、残っているのはこの一台だけだ。
　
　同博物館にはこのほか、同製糸場で使われた水分検査器やブリュナ愛用の柱時計も展示されている。

　貴重な品々を集めたのは、三代目片倉兼太郎（１８８４―１９４７年）。

　戦争で散逸しかけていた蚕糸業の器械や資料を収集し、片倉館の近くの「懐古館」に展示した。

　市立岡谷蚕糸博物館にある展示品の多くは、彼が集めたものだ。

　３代目兼太郎は１９４１（昭和１６）年、今井五介の後を継ぎ、片倉製糸紡績の社長に就任した。

　社長を務めたのは、太平洋戦争の開戦から戦後の混乱期に当たる。

　http://www.jomo-news.co.jp/rensai/kinukuni/kiji/4-07.htm

　　　※輸入当時は「共撚式(ともよりしき)」という方式で１人２本の生糸を繰糸していましたが、
　　　　少しずつ改良され、大正７年には１人が１台で４本の糸を繰糸するようになりました。
　　　　この改良された繰糸機は、現存する唯一のフランス式繰糸機として貴重なものとなっています。



</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100310_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>梅は咲いたか　桜はまだかいな　</title>
  <description>★梅の次は 桜？

  　≪　梅は咲いたか　桜はまだかいな　≫

　　　　　この端唄は　『梅』　の次が　『桜』　になっている。


　梅は「春告草」とも呼ばれ、百花に先駆けて咲くが、梅の次は『桃』でしょう？

　実際
　　２月には梅林の花を楽み

　　３月はひな祭りで桃の花

　　４月の入学式は桜

　のはずなのに


　実際の花暦では
　
　　　正月は「梅」

　　　２月が「桜」

　　　３月が「桃」

　となっている。

　　　※自然の営みは旧暦で動いているよう。一般の新暦との間には矛盾が発生している。
　　　　ちなみに、３月３日の花祭りの桃の花は、その多くが ハウス栽培であるようだ。

　　
　　　　　　　◇

　『梅は咲いたか』小唄（端唄）

　　梅は咲いたか　桜はまだかいな

　　　柳ゃなよなよ風次第

　　　山吹ゃ浮気で色ばかり
　
　　　しょんがいな



　　梅にしようか　桜にしよかいな

　　　色も緑の松ヶ枝に

　　　梅と桜を咲かせたい
　
　　　しょんがいな



　　銀座八丁　行こうじゃないか

　　　山の狐が七化けて

　　　黒い眉引く袖を引く
　
　　　しょんがいな



　　恋の浅草　二人で行こかいな

　　　何を言問（こととい）都鳥

　　　末は千鳥で泪橋
　
　　　しょんがいな

　　　http://blog.goo.ne.jp/cha2_2005/e/8177ed6d1ea15a5855ff7fff831a33ae

　　　http://j-ken.com/category/all/data/633914/

　　　（美空ひばり 梅は咲いたか・花笠音頭）
　　　http://www.youtube.com/watch?v=eEl-9cOOiXE&amp;feature=related
　　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　　　⇒　花をめでる日々は、優しい生き方に通じているのだろう。

　

　　</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100307_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>≪顔細胞≫</title>
  <description>★顔はわかるが、名前が・・思い出せない。。。

　しょっちゅうある。

　特に街中で会う子供の同級生のお母さん。お兄ちゃんの方か、妹の方かも解らない。

　俳優の名前もど忘れする。


　顔と名前は記憶の仕方が違うのか？

　あまり大事でない人の名前は忘れることもあるようです。


　　　　　　　　◇


　他人の顔を記憶するのは非言語的記憶の一種。

　しかし、顔を記憶することは旅の風景などを記憶するのとは基本的に異なっている。

　不思議なことに、人間には顔を記憶する特別なシステムがあり、そのシステムによって他人の顔を判別している。

　　

　◆人の顔を見分けるための特別な仕組み「顔細胞」

　　目から入った視覚の情報で、その顔が誰かを判断するのです。

　　では、その顔を判断する部分はどこかといえば、「側頭連合野」に存在する、顔に反応する神経細胞です。

　　この神経細胞は「顔細胞」と呼ばれています。

　　「顔細胞」は生まれながらに備わっていますが、実際に活動をはじめるのは生後2週間ぐらいからだといわれている。

　　赤ん坊はまず母親の顔を記憶します。

　　母親に抱かれてその顔を見たとき、赤ん坊は安心し、笑みを浮かべるのです。

　　その後、赤ん坊は身近な人たちを記憶していきます。

　　たいていは父親に始まり、赤ん坊の誕生を祝う親戚の人間たちの顔を記憶する。

　　病院であれば看護婦たちの顔も。それを可能にしているのは、「側頭連合野」の「顔細胞」です。


　　顔細胞は鼻や口より、「目」に鋭く反応する。

　　相手がどんな目をしているかを強く記憶するのです。

　　目の次に反応するのが鼻や口。

　　それは、耳や頬に比べれば鼻や口のほうが顔の特徴を決定づけているということでもあります。
　　http://diamond.jp/series/brain/10014/
　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　　⇒　『顔細胞』って言葉を最初に聞いた時は、まさかそんな名称が、と思ってしまった。

　　　　赤ちゃんはオッパイを飲む時、このオッパイをくれている人の顔をじーっと見つめている。
　　　　私が授乳している姿を見た母が、赤ちゃんはそうやって母親を覚えている、と言ってたのを思い出す。　　　　

　　　　この距離が、最初に赤ちゃんの焦点が合う距離と聞き、
　　　　動物とは『生き抜く』を最優先に機能が発達しているのを感じた。

　　　　赤ちゃんの胃袋を満たせない父親は、どうやっても、この時期は母親に勝てそうもない。　　　



　　　　
　　　　



　</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100306_wps3.html</link>
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 <textinput rdf:about="">
  <title>お御籤って何番まで？</title>
  <description>★おみくじ

　って何番まであるの？

　　　　　　◇

　第一番大吉から第一百番凶まで連番になっていて、それによって運勢を占うようになっています。

　もっとも社寺によっては一番から百番まではなく、さまざまな番号があります。

　たとえば

　　和歌山・熊野那智大社は第二十番まで

　　奈良・春日大社は第十五番まで

　　京都・伏見稲荷は第三十二番まで

　　大阪・住吉大社は第三十六番まで

　　東京・浅草寺は第百番までです。



　全体的にみますと『元三大師百籤』のおみくじが多いようです。

　なお、一番連番の少ないと思われるのが

　香川県琴平町の金刀比羅宮で第一番から第十五番までです。 



　ちなみに吉凶数の割合は、

　　浅草寺　（百本中）　：　大吉１６、　吉３５、半吉１２、末小吉１、末吉６、凶３０本。

　　住吉大社（３６本中）：　大吉２、　　吉１８、　　　　　　　　　　末吉１、　平３、吉凶相交１、凶末吉３、凶向吉１、　凶７本
　　　　　　（百本換算⇒：　大吉５.５、　吉５０、　　　　　　　　　末吉２.７、平８.３、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　凶１９本）　　

　とか。
　http://ohto.ciao.jp/mikuji.html 
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　意外に凶って多い。
　　　引いた人を喜ばせるためにも、もっと少なくてもいいと思うが。


　◆現今の神社仏閣で気軽に引けるおみくじは、この「元三大師百籤」から発展したもので、

　　人間の運勢、吉凶を五言四句の偈文（漢詩百首）や和歌（＝神社に多い）にまとめ、

　　一番から百番まで連番をふり、引いた番号に書かれた文面で占うものである。

　　http://www.busondera.com/ganzan/omikuji-1.html
　　↑　この「おみくじ」を引いたら　第２７番「吉」とでた。






</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100305_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>82歳になったら</title>
  <description>★新聞から

　　≪　８２歳のつれづれなる日常　≫　熊本県　川上正英　（82）

　82歳になった。
　オジイサンと言われてもむっとしなくなった。
　久しぶりに会った友人知人が老けているのに驚く。

　年賀状が転居先不明で戻ってくるのが多くなった。
　あの世まで届かないらしい。
　新しく来た年賀状は一枚もなかった。

　家内は女学校時代、県大会で優勝したバレーの選手だった。
　今、小柄なバアサンである。
　家内の顔をつくづくと見るのはやめた。

　景色がどんより見えるので黄砂か光化学スモックだと思っていてら、
　眼科の医師から白内障で濁りがひどいと言われた。

　病院の受付で少し耳が遠いのでよろしくと言ったら以後すべて筆談だった。
　待合室に座っていたら、看護師さん来て、「昨日申し上げたはずですが、あなたの治療は昨日で終わってます」。

　電車の後ろに立っていると、前の方でしきりに手招きをする人がいるので
　知人かと思って近づいたら、席を譲ってくれる人だった。
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　新聞は『82歳の生活ってこうなんだ』と思いながら読んだ。
　　　今これを打ちこみながら『くすくす」笑いが込み上げてきた。
　　　いずれ来てほしい“82歳”。
　　　日々見つめれば、話題に事欠かない楽しい生活のようで、ちょっと待ち遠しい気がした。




★ショートケーキの語源は？

　真偽のほどは定かではないが。

　　　　　　　◇

　本来の「shortcake」の定義は、「ショートニングの入った生地と果物で作ったケーキ」です。
　日本語では生クリームも使っているものを指すことが多く、また俗語として狭くイチゴショートのみを指すこともあります。

　本来の意味でいえば、バナナショートもキウイショートもありますが、狭義のショートケーキはイチゴショートでしょう。
　イチゴが乗っていればショートケーキというのは、日本ではイチゴショート以外のショートケーキが少ないための勘違いと思われます。

　ショートは材料の「ショートニング（shortening）」の前半分を取ってショートです。
　英語の形容詞で「short」と言うだけで、「壊れやすい」「さくさくした」という意味があります。

　ショートニングの分量が多かった菓子は壊れやすいためです。
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　私は『小さい』のショートかと思っていた。
　　　だから『ショートケーキ』は切り分けられ、苺の乗ったケーキです。

　　　　※shortのさくさくしたはYahoo 辞書にありました
　　　　　　〈菓子などが〉かりかり［さくさく］する；〈練り粉などが〉ショートニングを多く含む 
 　　　　　　 a short flaky pie crust
　　　　　　　　さくさくする薄いパイの皮。 　

　</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100304_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>赤外線の可視化？</title>
  <description>写真①：（赤外線）デジタルカメラを通して見たリモコン
写真②：（紫外線）ブラックライトを当てた蛍光ペン

★赤外線が見える

　赤外線は通常は肉眼では見えないが、デジタルカメラを使うと赤外線が見える。

　◆紫外線もブラックライトで見える。
　http://www.aichi-c.ed.jp/contents/rika/koutou/buturi/bu9/sekigaisen/sekigaisen.htm　

　　　※ブラックライト (black light)
　　　　わずかに眼で見える長波長の紫外線を放射するライトである。
　　　　ブラックライトの光自体は人間の目にほとんど見えないが、
　　　　ブラックライトを当てた物体はその中に含まれる蛍光体だけが発光するため、
　　　　非破壊検査に使われるほか、視覚効果の一種としても利用される。
　
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　道具を使えば赤外線も紫外線も可視光線となる。


</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100303_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>楽しそうに</title>
  <description>★新聞の仕事力に載ったいい言葉

　　≪　どうせなら
　　　　　　　楽しそうに仕事しよう 　≫　　新井満氏


　　仕事をするチェックポイント 

　　　1.その仕事は、好きか？ 

　　　2.新しいジャンルの仕事か？

　　　3.社会性はあるか？ 


　　今までの私は
　　　一番が好きか。　次いで生活できるか。　そして社会性があればなお良い。

　　これからは
　　　一番が好きか。　次いで満たされるか。　そして周りに喜んでもらえるか。


　　≪　どんな時にも
　　　　　楽しそうに仕事をしよう ≫

　　楽しくなるように自分を仕向けるだけで気持よく働ける。

　　自分も、見ている周りも、明るくなり不思議なエネルギーが湧いてきそう。

　　これは最近いわれている作り笑顔と同じかもしれない。　　　　

　　</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100302_wps3.html</link>
 </textinput>
 <textinput rdf:about="">
  <title>打落水狗　</title>
  <description>★打落水狗　（だらくすいく）：

　以前、この日記で『こだわる』という言葉は良い意味では使われてなかったことを書いてから

　『こだわる』が使えずにいた。

　たまたま今日の朝日新聞夕刊に『拘泥』という言葉を発見。

　この『拘泥』は使えるかなとＮＥＴで調べていたら、もっと面白い『打落水狗』に出合えた。

　≪　こだわる にビックリ！！　≫
　http://www.karadakara.com/note/my/record/day/20090921_wps3.html

　　　　　　　　◇　
　＜以下引用＞

　◆水に落ちた犬は打て

    『阿Ｑ正伝』などで知られ、20世紀の中国を代表する作家、魯迅は革命運動家でもあった。

　　その魯迅の言葉として有名なのが「打落水狗」つまり「水に落ちた犬は打て」である。

　　　　1926年、魯迅が反革命派が占める北京を逃れ南下するときに述べたといわれる。
　　　　彼は当時の反革命派を「犬」と呼んで憎んでおり、反革命にそまった“悪人”に対しては
　　　　情け容赦もかけるべきではない、と言ったのである。

　　　　1926年は孫文が亡くなった次の年。蒋介石が北伐を始めた年である。
　　　　20世紀前半の中国での革命勢力対反革命派の対立の厳しさを表した言葉だといえる。

　　これはサンケイ新聞掲載の中国革命に関する解説記事の一部です。
　　
　　　　　        

　◆『溺れる犬は石もて打て』という言葉は「水に落ちた犬は打て（打落水狗）」から派生したものだと思います。

　　元の「水に落ちた犬は打つな（不打落水狗）」という言葉を、魯迅がひっくり返して作った言葉です。

　　『 勇敢な拳闘士は、すでに地に倒れた敵には決して手を加えぬそうである。
　　　これはまことに吾人の模範とすべきことである。ただし、それにはもうひとつ条件がいる、と私は思う。

　　　すなわち、敵もまた勇敢な闘士であること、一敗した後は、みずから恥じ悔いて、再び手向かいしないか、
　　　あるいは堂々と復讐に立ち向かってくること。これなら、むろんどちらでも悪くない。

　　　しかるに犬は、この例を当てはめて、対等の敵と見なすことができない。
　　　何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は「道義」などを絶対に解さぬのだから。

　　　まして、犬は泳ぎができる。かならず岸へはい上がって、油断していると、まずからだをブルブルッと振って、
　　　しずくを人のからだといわず顔といわず一面にはねかけ、しっぽを巻いて逃げ去るにちがいないのである。

　　　しかも、その後になっても、性情は依然として変わらない。
　　　愚直な人は、犬が水へ落ちたのを見て、洗礼を受けたものと認め、きっと懺悔するだろう、

　　　もう出てきて人に咬みつくことはあるまいど思うのはとんでもないまちがいである。
　　　(『フェアプレイ』はまだ早い」 魯迅 『魯迅文集3』竹内好訳 ちくま文庫) 』
　　　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿　
　　　　⇒　反革命派　→　「犬」とみる　→　犬は懺悔などしない　→　犬だから徹底的にたたく 


　◆作者の魯迅は、日本に留学し、東北大学医学部（当時の仙台医学専門学校）で学んだことがある。

　　そのとき、教室で、日露戦争における中国人露探（ロシア側のスパイ）処刑のスライドを見た。

　　これを契機に、魯迅は、中国の社会改革と革命に関心を深め、人体を扱う医学から社会改革を目指す道に転じた。

　　最後に処刑される阿Qの記述は、中国人露探の処刑とそれを見物する中国人観衆の様子を反映している。

　　http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BFQ%E6%AD%A3%E4%BC%9D



　◆魯迅(1881‐1936)には小説のほかに数多くの評論・随筆があり、寸鉄人を刺す筆を揮った。

　　その中から自己の心境を述べた「『墓』の後に記す」、3.18事件に抗議した「花なきバラ」、

　　林語堂との論争記録「『フェアプレイ』はまだ早い」、

　　講演「魏晋の気風および文章と薬および酒の関係」、遺言を記した「死」など。 


　　
　◆落水狗（タールオシュイコウ）=水に落ちた犬を打つ、というのは故事から出た表現ではなく、

　　昔から中国で使われていた言い回しです。それを魯迅が使って有名になりました。

　　魯迅が守旧派と闘い続けることに対し、嘗ては盟友った林語堂（リンユータン）が

　　「水に落ちた犬を打つな、フェアプレーをしろ」と言ったことに対し、

　　「水に落ちた犬を救ったばっかりに殺された人がいる。やはり水に落ちた犬を打たなければいけない。」

　　（魯迅の論文「フェアプレーはまだ早い」）と反論し、有名な言い回しになりました。

　　　　　…この言葉は中国の故事語源辞典を探しても無かったので、中国人の先生に聞いたところ、
　　　　　　「ことわざではない。単なる比喩的表現だ。」ということでした。
　　http://q.hatena.ne.jp/1097462680

　　



★暗縁
　月が恒星や惑星を隠すことを、「星食」という。
　１等星や惑星が月に隠されることはあまりないが、暗い恒星はしょっちゅう月によって隠され、星食が起こる。
　月の光が当たっていない部分を「暗縁」という。暗縁は隠されていくのが観察しやすい。双眼鏡や望遠鏡で見られる。
　＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿
　⇒　『日食』、『月食』があれば『星食』があっても不思議はないが
　　　星は小さく、数多だから、取り立てて話題にならないのだろう。
　　　それよりも『暗縁』と云う言葉に目新しさを感じた。
　　　『暗青』ではないんですね。




</description>
  <link>http://www.karadakara.com/note/some/record/day/20100301_wps3.html</link>
 </textinput>
</rdf:RDF>
