何か落ち着かない一日【ブルドッグさんの健康管理カラダカラノート】

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07年04月21日(土)

何か落ち着かない一日

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【今日のできごと】

【今日の感想】
天気は良い、気分は爽快と全く言うこと無しなのだが、
庭の雑草取りは?同期会のメンバーとの日取りの連絡は?
等等気がかりが多くて落ち着かない日。こんな日も偶にはあると諦めてはいるが
少数民族(中国、インドネシア)の記録を読む。
我々にない文化、自然に適合した生活習慣など何時読んでも感激することが多い。
其の内雲南省、スマトラにでも行ってくるかと考えたりしています。

【記録グラフ】
ウォーキング
120分
ウォーキング(分) のグラフ
体重
63.2kg
体重(kg) のグラフ
 
コメント
samarium 2007/04/21 10:20
 台湾にも13か14の少数民族がいます。
 2000年頃までは9種族と言われてきましたが、学術的な詳細調査の結果公的に別種族と認められ、種族数が増えました。
 彼らは全て数千年前以降、南太平洋州、インドネシア方面からフィリピンを経由して黒潮と共に北上してきた海洋民族の子孫達です。一部は沖縄、九州南部まで流れ着いたと言われます。
 彼らに共通する点は「音楽的才能が豊か」であること。沖縄同様に台湾でも原住民から歌手を多数輩出しています。

 ご承知の通り、戦前50年間の日本統治時代は「高砂族」の名称で一括して呼ばれていました。
 戦後の国民党統治時代は「山胞(山の同胞)」という呼び方でした。
 最近は彼ら自身の要望が受け入れられ、名誉ある「原住民」という名称が公的に認められました。
 彼らが他国の少数民族と違うことが一つ有ります。
 各民族が異なる言語を持つため、戦前からずっと日本語を共通語としてきたことです。若い原住民は北京語と少々の台湾語を話しますが、長老達は今でも母語と日本語です。

 小生は花蓮縣や台東縣の部落や酋長の家へお邪魔したことがあります。
 原住民の仲間と事前連絡もなしに酋長の家(と言うよりも掘っ立て小屋)へお邪魔すると、老人三人がNHK衛星放送を見ていました!そして「おや、あんた本当に日本人か?まあ、こっちへいらっしゃい」と格調高い日本語で応対してくれました。

 そういう日本語世代の長老はますます数が減っています。
 どこかの原住民部落を訪問するなら「今の内に、台湾の少数民族部落を訪問して、日本統治時代の古き良き思い出を長老達から生の言葉で直接聞く」ことをブルドッグ様の選択肢に入れられたらと思います。
 台湾人と台湾原住民の日本語と文化は南米やハワイ移民第一世代と同じく、文化的にも言語学的にも「戦前日本の冷凍保存ないしは生きた化石」と言うに値します。
まぁ 2007/04/22 00:50
スマトラというと地震を思い出してしまいますね。
後0.2kg痩せられたら、ここを卒業出来るんではないでしょうか??
もし宜しければ、OBサークルに入ってくださいね(yωy*)
ブルドッグ 2007/04/22 08:28
samarium さん
コメント有難うございます。少数民族に関しては広がりが大きいのでかなり勉強のし甲斐があると思っていますが、まだまだ興味の範囲を出ていません。
それにしてもマンダリン、英語と堪能なのは羨ましい。
小生はインドネシア語少々と英語まあまあ位です。
ブルドッグ 2007/04/22 08:31
まあさん
勿論0Bサークルも考えますが、最終目標は60KGなので又目標値を上げる積りです。現役でいるほうが良いと思いますが・・・
samarium 2007/04/22 09:20
>ブルドッグさま

 英語とMandarin Chineseでアジア諸国のかなりをカバーできますが、残念ながらそれはビジネス上や表面上の交友だけのような気がします。むしろ、地域密着型の言語を一つマスターする方が得な面もあるのでは...。

 台湾でも台北市を少しでも離れると、街行く人もレストランのウェートレスもタクシーの運ちゃんもみんな台湾語です。取引先との飲食でも興が乗ってくると台湾語の世界で、私は置いてきぼりにされます。極めつけの経験は、英語を話さない台湾人と一緒にスマトラ島メダンにある華僑経営の大きな潜在顧客へ売り込みに行った際、最初はたどたどしい英語と北京語で応対していた先方の華僑経営陣が彼らの母語である福建語を話し始め、すると台湾人の彼との間に福建語=台湾語の図式の通りにコミニュケーション回路が開かれてしまいました。私が通訳してもらう立場で、形勢逆転...!

 Bahasa Indonesia、聞いていて心地よい言葉ですね。シンガポール、マレーシア駐在時代に少しBahasa Melayuを少し自習しました。スカルノ大統領が真の独立には統一言語が必要だとして、当時のマレー連邦からマレー語体系をそっくり移入したのが現在のインドネシア語だそうです。マレー人のタクシー運転手曰く「70%は互いに通じる」と言っていました。

 健康に関する話でなくて申し訳ありません。語学好きなもので、ついついおしゃべりになってしまいます。
まぁ 2007/04/22 13:14
そうなんですか!!
私は早く卒業したいです♪もう自分へのご褒美も考えているので、早く7kg達成して、リバウンド防止に取り掛かりたいですが、ダイエットってそんなに簡単なものではないですね(。・Д・)ゞ
ブルドッグ 2007/04/23 08:18
samariumさん
小生も似たような経験を持っています。
偶々マレーシア最大規模の会社と商談中当方の条件提示に関し先方の出席者の間で(当方に解らないと思ったのか)マレー語で意見交換を初めました。
話の内容はかなりの程度(70%?)理解できそしらぬ顔をしていました。
色々示唆に富んだ経験でした。
Bahasa Indonesia は工場建設で駐在したときに覚えたもので、初めは西も東もわからないままにIndonesia大学の学生を家庭教師にして勉強したものです。
当方も健康の話しでなくて恐縮。まあいいではないですか
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