正しいと思う分量と測量。憶測といい加減さ【悦さんの健康管理カラダカラノート】

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08年02月07日(木)

正しいと思う分量と測量。憶測といい加減さ

< タララッタッタタタ...  | なんでどっちか何で... >
某 人の本を母に借りて読みました。

4日休みなので。

不可抗力なんですが。

なんか、ほんとシゴトに行って何かをやる事ではなくて。

家に如何に居ないか。コレが、20歳で就職した会社を退職してからの私が勝手に心得た教訓です。

でも4日休みなんです。しんどい。
ここで、
しんどいとか言っても、羨ましいとか、言われます。
ですね。

ちゃんと休みならばね。

ってか

贅沢な事だってしってるけど

苦痛なんだよ。


お前居たのか。って


言われます。


凄い嫌なんです。

嫌だと言うことにたいして、明確な理由が無い。

だから余計に混乱してしまう。

居て何が悪いのか。
威圧的ににらまれたり、そんなことをののしられたりするので

部屋にこもっていたり、日頃しんどい分寝ていたり、もするのですが

何もかもがきにいらないことなのでしょう。


で、ちょっと

サブリミナル効果ってのが

最近ちょっと思うのは、

起きてる時はいいんですが、
早朝

父親が私にたいして、どうも文句というか、なんか言うんですが
毎日。

それ

寝てる間に耳に入ってたら、凄い健康に悪いなぁって。

そう言う効果を信じちゃうんですが。

寝覚め悪いです。海馬がどう処理してるかしらんけど。


…で。
某人の本の事。
気づき。と言うのがテーマ。


先祖のせいにしない。
自分の何かに気付けと


仰っておりました。


母は、コレを読んだ筈ですが

…あの  あれ。

全然ですか。

ってなカンジです。

私は読んで


…結局遠征しないと詳しくわからんので?ということと、

何にどう気付いたらいいのか。

気付いた後どうしたらいいのか

気付いたことが正しいか正しくないか

どう判断すればいいのかだとか。

もうなんか、やっぱり正しい答えは自分でみつけなさい。

ってことなんですかね。

色々と一言に要約されていて、?が多く感じました。

だから、自分で買わなかったんだけども。


でも、機会があって読む事になったのも縁か。


超自暴自棄が継続しています。




ああ。なんてどうしようもないんだろう。



分かっていて、ろれつが廻らなかったり、
無意識に日本語がおかしくなっていたり


何から何まで、

どっから手つけていいのか

まったく分からなくなったりします。
講演会も

諦めました。
夜出掛けるとホントにうるさいので。
うるさいしいうのは、

心配ではなくて、

なにかあったらみっともない

んだそうです。

で、

帰らない本人より、母や兄弟にとばっちりが行くので

もう夜は一切出まいと思います。

諦められることはそれでいい。


諦めないことはあきらめられないから。

で、やっぱり嫌だとか否定だとかをその不の部分だけをとって

自分が信念としていることに、ひっつけてみたら、
腹が立ったので


自分でも否定したりまずしないように。

穏やかでいたいなぁと。
思います。

脳や、自分の周りにある目に見えないモノは

単純に解釈をするらしく


嫌いや

否だとか

非、
不、

そう言うことだけをかいつまんで

送った自分返してくれるらしいです。

超迷惑ですね。

だったらとおもいますが
出来た人間じゃないので

ちょっとですが

そう言う心の持ちようで。

行ってみたいと思います。

コメント
buri 2008/02/09 17:19
講演会、行かなかったんですね。

まあ親といっても人間だから、親という倫理観うんぬん以前に、主観的な
一個の人間であってくれてもいいのかなぁと、最近思います。
個人的にですが・・・

自分でメシを食い、トイレに行ってくれるってだけで回りも幸せなんだと、
うちのお袋が言ってました。

私が自分で移動、食事、排泄をしているだけで回りを幸福にしている。
しなくなったらどんなに良い人でも人を不幸にするということ。

大好きだったばあちゃんもとうとう寝たきりになっちゃったそうなので、
来月会いに帰ります。

苦労だらけのばあちゃんの人生、良いことと悪いことの帳尻は合ったのかなぁ。
2008/02/10 00:51
こんばんは。
小林正観さんて方のでした。
行きませんでした。結局、出た人間より、家に居る人間にアタる人なので。勿論出た人間にも。ですが。
夜遅いということは、とってもリスキー。


その、ただ単純に幸せに

欲とか、世間とか、常識とか、そう言うモノが加わるんですかね。
当たり前をすっ飛ばして、
それこそ出来て当たり前。じゃ次に何をする


そう言う事情。
 

一個絶対的に思っていることは、
親は常に、偉く居て欲しいと矛盾している事ですかね。
悪くないこととか、ホントどうしようもない事とかでも謝ってたり、そう言う一面をみると

怒られている事とかが、えーなんかさーぁあ。ってシラケます。

と言う矛盾。

多分そう言うことが父と祖父の間にもあるのかなぁと。
ちょっと考えます。
以前祖父が元気だった頃、父が介抱している夢を見たことがあって、ああ、コレ。みたいなカンジで、事がオンタイムになってます。

父方の祖母は、どっか空のイイ温泉にでもいます。




以前の私は、今にもまして、どうしようも無い人間で、お見舞いもずっといけなくて、サヨヲナラの次の日が修学旅行で。

両親とも言っておいでと言う話しで、

お葬式も通夜も出ていません。
中学生でしたので、亡骸にもあまり近寄らせてもらえませんでしたし。



後で、お前の父親は何考えてるんだとか

頭すりつけて、修学旅行に行けるよう頼んでくれたんだよとか


何か、自分のいない場所であったようですが。

お見舞いも数回だったこともあって。
未だに、病院に居るのではないかと、そう言うかんじです。


旅行好きの祖母はきっと、某ヒット曲ではないですが、どっか飛び回っていたらと思います。

ただ、一つ。

最近本を読むようになった内容から、コトゴトク色々に宗教やら、理念やらが混じっていますが。

生花が、イイとか。掌から、元気を分けてあげるとか。
念じるとか。
側に居るだとか。
もっと側に居て貰えるような、手段があったんじゃないかなぁと思います。
私の味方。

帳尻があうよりも、

一つでも多くイイコトの方がある人生だといいですね。






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