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09年09月28日(月)
父の生い立ち |
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< El sol s...
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ノートが久し振りになってしまいました。 この4日間はいろんな事がありすぎて、寝不足と格闘でした>< 書きたいことが山程あったのに、書けるかなぁ~ちょっとづつでも。
叔父の葬儀を2日間にわたり、終え、今日はいつもの叔母の旦那様が屋根から転落し、病院に入院する出来事 結果は、骨折なし、65歳ですが、信じられないくらいの強運のカラダです。
葬儀は家族葬でした。 私は初めての経験でしたが、私の旦那の実家と違い、小規模の葬儀ではあったけれど、ゆっくり故人を偲べて 良い葬儀でした。 葬儀の良し悪しを言うものではないけど、ホントに良かったです。 私はそこで、初めて父の生い立ちに触れたことを書き留めておこうと思います
私は父の事が小さい時から嫌いでした。 自分の年齢がいくにつれ、ますます嫌いになり・・そんな思いをずっと・・・ 最近では父の高齢なので、私も昔程、思わないようになってきたと言おうか、一緒に生活をしてないので、時が思いを和らげてくれたのか? 若かりし頃の自分の気持ちとは少しづつ違ってはきてます。 父は6人兄弟の3番目で、亡くなった叔父は85歳の長男です。 葬儀で皆とお会いしたのは25年ぶり、随分な時が流れました。 子供が少ない家系で、兄弟は6人でも、従兄妹11人、そのうち結婚しているのは私を含め4人のみ・・ したがって、孫も少なく、ひ孫は我が家だけ・・・後継ぎがとだえる家系でした。 私の母が離婚している為、あまり父の一族に会う機会もなかったのですね。
喪主の叔母は80歳、この叔母からすべての父の生い立ち、謎だったことがわかりました。 父は厳格なタイプ。 戦争の話は大嫌い。自分の幼少の頃の話もあまりせず・・・「私はいつもクソ親父」と思っていました 叔母の話は、叔父は「自分が亡くなったら葬儀をしないよう~」遺言だったそうです。 理由は「自分の父親を満州で亡くなった時、灯油で家族で遺体を燃やしたそうです」 貧困で、父を早くに満州で亡くし、葬儀を挙げられなかったからだそうです。 帰国後も亡くなった叔父が兄弟6人を看る・・という、そういう生活をしてきたようです。 戦争さえなかったらを、痛烈に思って育ったようでした。 だから、この兄に対する兄弟の想いはなみなみならぬものではなかったようです。 私は父がなぜ、あのような性格なのかな~?と思っていたのですが、まさか今日それを知るきっかけになるとは・・・ もし、この葬儀に行かなかったら一生、気がつかなかったかも?知れません。 良し悪しではなく、少し大人の眼で、今更ですが、父をみれる?かな? 私にとっては嫌な親父に変わりはしないけど、父が「私たち姉妹、仲良く助け合って欲しいと」と願う気持ちは良くわかるような気がした。 だんだん何書いてるカ、わからなくなってしまった・・・><
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