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11年03月03日(木)
半眼の心 |
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< no title
| 仕事にて・・ >
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一昨日末娘と久しぶりにやり合い、仕事から帰ってきたら長女が家にきていた。 娘二人で6時間話しあったらしい、(長女の説教) 長女は次の日仕事だったので朝5時頃家に送った。 二人ともかなり寝不足だったけれど、今日一日頑張ればで、なんとか一日クリア~
私は今日休みだったのだけど、友人と会ったり、毎年恒例、3月3日は勤めていたお店の開店記念日なので、「冬のソナタ」 というお花をお店に届けた。 いつもだったら、遊びがてら行くんだけど、寝不足だったので遊ぶ事はやめ、届けるだけにして、夜は旦那とうどんを食べに行った。 夕飯を楽に過ごし、帰ってテレビを付けたら、ちょっとおもしろい番組がやっていた。
お坊様がでていたんだけど、ちょっと気になる一句、「半眼の心」だった。 意味は「相手の心をすべて知ろうとすると苦しむ事」 心にとめておきたい言葉だった。 お釈迦様の眼って完全に開いてないじゃない? それはすべての事をみると、見てはいけないものまで見るらしい。 例えば、夫婦の間で、そっと秘めてることを、知らなくてもいい事を知ってしまうと、自分が苦しむことがあるってことみたい。 これは簡単な例えだけど、何につけてもありそうなことだなぁ~と。 いい悟りだなぁ~と思った。 上手く説明できなかったけれど、いい言葉だったので、記・・
記より、「半眼」のこころ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お釈迦さまの目は、半眼であったと言われております。目を半分くらい閉じておられたということは、自分の心を、内面を常に見つめておられたということです。人の心の中にあることは、自分の心にもあるのだ、と内省されていたのであります。 この内省を欠いてしまうと、私たちの目は外の物事に向いてしまって、外が悪い、他が悪い、あいつが悪い、という方向に行きがちです。ですが、そうではなくて、自分を見つめていく。それが人と仲良くしていく一番大事な点です。これはもう、夫婦とか親子とか、あらゆる関係の中にあてはまることなのです。
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| 【記録グラフ】 |
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