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08年10月07日(火)
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1974年(0歳)東京都新宿区の日赤病院で生まれろ。 1975年(1歳) 1976年(2歳) 1977年(3歳)妹が生まれる。 1978年(4歳) 1979年(5歳)麻布幼稚園に入園。さくら組。ヤマハでエレクトーンのグループレッスンを受け始める。 1980年(6歳)うめ組。ガキ大将に目を付けられ、一緒に遊ぶようになる。本当は嫌だった。 1981年(7歳)麻布小学校に入学。ピアノを習いたかったが、家にエレクトーンがあるからという理由で エレクトーンの個人レッスンクラスに入れられる。先生は優しかった。 1982年(8歳)2年生。絵にはいろんな色が混ざっていることを知る。 子守唄は大音量で弾いてはいけないということを知る。 初めてバレンタインでチョコを渡したのも確かこの頃。親同伴で恥ずかしかった。 1983年(9歳)3年生。屋上のマラソンと朝の勉強がつらかった。 エレクトーンを練習しなかったため、 月謝を払うのが無駄だということで、エレクトーンを辞めろ。 1984年(10歳)4年生。給食時にみんなの前で日記を読むのが嫌だった。 面倒なことを全員にやらせて、おまけにランク付けられて、 大きな声で発言できなかっただけで廊下に出されてそのあと皆に謝罪。 なんかおかしい。でもそれが正しいと思わされていた。 1985年(11歳)5年生。クラスが変わって、楽しかった。 盲腸で入院した。みんながテープをくれた。 鼓笛隊の笛のテストに学年で一番早く合格し、 指揮者の試験を受けるようすすめられるも、なぜか落ちる。 でも、志望の小太鼓ができた。 1986年(12歳)6年生。鼓笛隊で中太鼓をやりながら、音楽クラブでも音楽を楽しむ。 卒業アルバム委員になり、アルバムを作った。 とても太っていたので、保健室で毎月体重測定をしているうち、 保健の先生と仲良くなる。保健委員もやっていた。 なぜか、少しモテた。 1987年(13歳)三河台中学校に入学。小学校から変わらないクラスメイト。 仲の良い子も同じクラス。好きな人ができるもあっさりフラれ、あっさり諦める。 ダイエットを始める。小学校の保健の先生がくれたアドバイス 「お菓子を食べない」「給食のパンは食べない」「ご飯は一膳」 これだけ守った。 オーボエをやりたくてブラスバンドに入部。でも学校に楽器が無かった。 だからサックスをやった。体が大きいという理由で、テナーサックスにされた。 でも、テナーが気に入っていた。 なぜかクラスの男子にボコボコにされたりしていたが、 面白いからやってるとわかっていたので、私もそれを楽しんで、やり返したりしていた。 友達は「いじめ」だと言っていたが、全く自覚が無かった。楽しかった。 1988年(14歳)中学2年生。ダイエットの効果が出てきた。 からかっていた皆が「どうやって痩せたの?」って聞いてきた。気分がよかった。 好きな人がとても頭がよく、うちの近所の塾に通っていたので 親に頼んで同じ塾に入れてもらった。 頭は悪くなかったので、入塾テストで上から2番目のクラスにいきなり入れた。 でも、彼は1番上のクラスだった。勉強をスイスイ楽しんでいたら、 あっという間に同じクラスへ上がれた。 ブラスバンドの先輩がいる高校にはオーケストラがあり、 そこならオーボエができることを知る。 内申点を稼ぐ為、目立ちたいため、生徒会の副会長になる。 1989年(15歳)中学3年生。勉強がだんだん楽しくなくなりつつも、 いい学校に入りたかった。 私の行きたい高校にはオーケストラがあり、オーボエができる。 そこは偏差値も高く、いい目標になった。 しかし、内申点が足らず、かなり不利だと先生に反対された。 反対を押し切り受験。合格。 楽しい中学生活だった。 1990年(16歳)都立日比谷高校に入学。 中2から好きだった子も偶然同じ学校になったが、あっさり冷める。 つづく
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