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10年09月10日(金)
道策、算哲 |
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< 瑠璃・玻璃
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~~ ついでに、算哲の棋譜も並べ直してみたけど、強い! 道策はおそらく日本史上最強で(そう思っているのは私だけではない) 当時としては大別格ですが、その道策にあれだけ肉薄していたとは ~~
・算哲: 安井算哲(やすい さんてつ、天正18年(1590年) - 慶安5年(1652年)1月9日)は、江戸時代の囲碁の棋士で、 家元安井家の始祖。元の名は六蔵。 本因坊算砂、中村道碩らとともに徳川幕府より俸録を受け、後に弟子の算知を養子として跡目にしたのが、 家元としての安井家となった。実子の二世安井算哲(渋川春海)は、碁方を離れて天文方に転じたが、 これと区別して古算哲とも呼ばれる。
・道策: 本因坊 道策(ほんいんぼう どうさく、正保2年(1645年) - 元禄15年3月26日(1702年4月22日))は 江戸時代の囲碁の棋士。四世本因坊、名人碁所。本因坊算悦、本因坊道悦門下、生国は石見国、本姓は山崎、幼名は三次郎。 法名は日忠。道策は圧倒的強さを誇り、当時の一流棋士達をことごとく先以下に打ち込み、実力十三段と称揚された。
道策は手割の考え方など多くの革新的な手法を生み出した。 また、従来の力戦ではなく、全局の調和を重視した合理的な打ち方を用いたことなどから、 近代囲碁の祖と呼ばれる。丈和・秀策の後聖に対して、前聖と称される。史上最強の棋士として、道策の名を挙げる人も多い。
名人を九段、名人上手間を八段、上手を七段とし、以下二段差を1子とする段位制を確立した。 この段位制は1924年に日本棋院が設立されるまで使われていた。
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