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11年03月11日(金)
帰宅困難者【8/11】 |
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今日は泊まりがけで温泉へ。温泉は楽しみですが、他は、、、、?? ⇒午前中、埼玉・入間で仕事後、14時からのアポのために東京へ移動。その後大地震が。昨日でなくてよかった。14:45より翌日迄のドキュメンタリー。 14:45:商談の終盤にグラグラと、外を見ると向いビルの硝子が割れ、ビルの外壁が折れ曲がっています。信号は頭を勢いよく動かし、人が外にでてきます。あっという間に道には多数の群衆が、、。 15:00:ビルが揺れる中、仕事を終わらせ、ビルを出ると、人だかりで歩きにくい。やはりオフィスにすぐ戻ろうと決意。たまたま来たタクシーに飛び込み、日本橋へ。 15:05:タクシーの運転手が大手町から来たようで、大手町のビルが大きく揺れていたと興奮気味に話している。 15:15:オフィス着。手前で降りたら建設中のビルの上のクレーンが揺れて音が響く。すでに大勢の人が路上に出ている。顔見知りの人間に確認したらビルが一部破損したとの事。帰宅の指示が館内放送で流れていた。 15:30:スタッフの安否確認後、家族へ電話。当然つながらず。そうこうしているとカミさんよりメール。仕事先の市川より歩いて帰るとの事。 15:45:上の子どもが課外活動で千駄ヶ谷にいるが、動けないとの事で、市ヶ谷の学校に歩いて戻るとのメール有。 16:15:家に電話がつながり、下の子より今戻ってきたとの聞いた。上の子どもを確保するために市ヶ谷まで歩いてからどうにかして帰ると伝え、市ヶ谷へ出発。 17:00:市ヶ谷への途中、人が亡くなられた九段会館には救急車、パトカー、消防車が並び大混雑となっていた。武道館での上地のコンサートは中止。その中を必死に市ヶ谷へ。 17:20:市ヶ谷の学校着。子供をピックアップ後歩いて、飯田橋へ。 18:00:飯田橋の居酒屋で夕食を取りながら様子を見ると、JRは全滅の状態。カミさんより迎えに行くとのメール有り。どうせ渋滞に巻き込まれるのだから来なくてもよいとは思ったが、どうしてもと言うのでOKした(これが大変な事に)。 20:00:飲み物及び軽食確保の上、水道橋のホテルへ。ホテル2階のフロアにスペースを確保し横になる。 21:00:ホテルのロビーに設置されたテレビにて刻々と情報が流れる。津波の威力に唖然。徐々に地下鉄を中心に動き出すとの情報。但し、行き違いになるのを恐れホテルで待つことを決意。 22:00:まだ、東京へ入ってこれないとのメール有り。 24:00:とうとう日が変わったが、まったくいつ到着するかは分からず。ただ待ち続けるのみ。さすがに回りも含めて疲労の色がでてきた。 26:00:やっと東京へ入ったとのメール有り。 27:00:秋葉原でガソリンを入れるとの事で、これ以上待てないので秋葉原へ歩く事にした。40分ほど歩くと目標のGSに到着。ちょうど給油を終えたカミさんと会えたのが4:00前で、帰宅の途へ。 6:30:錦糸町迄移動。 9:30;3時間でたった1㎞しか動けず、未だに錦糸町と亀戸の間でスタック。 10:00:JRも動きだしたので、亀戸駅で家族を降ろす事に、近くのパーキングに車を止め、家族を見送り。 11:30:軽く食事してから、一人車で帰途へ。 14:00:渋滞している蔵前橋通りを避けて京葉道路、抜け道、裏道を使いやっと家に到着。家族は11時過ぎに帰宅できたとの事。 長い一日でしたが、被災した方に比べたら大したことはありません。
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| 【記録グラフ】 |
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