ひまわり たんぽぽさん
最新の記録ノート
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11年03月25日(金)
災害地に行ってきました |
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< 停電中
| 休み >
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微妙にぼかして書いてましたが、私は公益社団法人の職員で、病院で技師として働いています。 社団から、被災地の病院の支援に行ってくれと依頼が来たので行ってきました。
行ったのは宮城県女川町というところです。 町の半数5000人が津波で行方不明、もしくは死亡という、すさまじい場所でした。
チリ地震を経験している方もこんなところまで津波が来るなんて思ってもいなかったそうです。 公式には14m程度とされている津波ですが、少なくとも17-18m、人によっては20m以上ともいいます。 半数が行方不明、ということは、町のほとんどの人が被災者です。というか被災していない人っているのかしら?とおもうくらい瓦礫の街でした。 インフラは非常用電源のみで、東北電力の発電車が病院の電力を支えていますが、暖房もなく、水道も使えない状態でした。
皆極限の状態でなんとか持ちこたえてるのかな?と感じました。 薬も持っているものがすべて流されてしまって、何の薬をのんでいるかも分からず、物資もないので一週間分がようやく処方ができるようになったばかりでした。 病院職員は被災の支援者でもありますが、同時に自分自身が被災者であり、家も使えない、家族が亡くなられている、私たちが行って一日位休みをもらっても自動車も津波で流されており自宅の片付けにもいけない。 おそらくご自分でもどうしていいかわからない状態。そんななかで二週間病院職務を行っている。 皆明るくて前向きですが、本当にぎりぎりの状態だと思います。
何をしたら本当の意味での支援ができるんだろう。 そんなことをずっと考えていました。
女川の様子を多くの方に知らせてほしい、と病院の方のご厚意でここに載せることを決めました。 病院の中にしかいなかったので、外の様子や避難所の様子は分かりませんが、物資がある程度優先されるはずの病院ですら疲弊しているのですから、避難所などもかなり大変だと思います。 被災地の多くは、今は復興に向けて支援が来ていますが、立ち上がるためには長い時間が必要です。 どうか長期の支援を多くの方にお願いしたいと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=4EII-09ZHiE
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