KATSUO1973さん
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11年05月27日(金)
これに尽きる。 |
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【今日のできごと】 今の自分に出来ないこと。そして同じ過ちを繰り返すこと。そして色々なことがあるけれどそれを思いつつ、ある種の悪意(法律用語でいう)を持った人を どう対処するか。それは祈るしかないと昨日、これを読んで強く思いました。彼や彼女の平安の為に祈ります。
「ゆるすということ」 今井 美沙子
五島の父母は人に何回裏切られてもゆるしてばかりの一生であったと思う。
生意気盛りの思春期の頃、「そげん、父ちゃんや母ちゃんがごと、人に甘うしちょったらそん人のためにもならんと思う」と私はいったことがある。 その 時、父母は「自分がさ、人ばゆるさんじゃったら、自分も神さまにゆるされんとよ。じゃけん、ゆるさんばよ」というひとことだけで、私の意見は とりあげて もらえなかった。父母の素朴な思いを、その言葉の断片をつなぎあわせて考えてみると、人間は神さまではないのだから、誰でも時にはまち がったことをして しまう、その度にとがめだてしていたら、その人が可哀想、反省し、これからそういうことをしないというのであれば、どんなに腹が 立とうがゆるさなければ いけないというのであった。
私もこれまでゆるしがたい悪口を信じていた人よりいいふらされたことがあり、ゆるしがたいと心の中で憤ったことがある。なぜ、心の中がという と、相 手にいう前に、必ず、私は父母の写真に向かって問うのである。
「とうちゃん、かあちゃん、どげんしたらよかとね?」すると、ありし日の父母の声が私の心には聞こえてくる。
「なんの、なんの、あがの人間性ば悪口いわれたんじゃのうて、あがが田舎の出で、田舎の高校しか出とらんちいうことが悪口の中心じゃけん、よか よか、 ほっとけば。そげんことは、今更、どげんもならんとじゃけん。どげんもならんことば責める人間こそ、つんだひか(可哀想)、何か心に大きな 不平不満があ るとじゃろう。ゆるさんばよ」
自分がさ人ばゆるさんじゃったら、自分も神さまにゆるされんとよと教えた、父母の言葉は今後も、私が生きている限り、私の生きていく上での支え になる だろう。
心のともしびより URL (http://www.tomoshibi.or.jp/)
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