「きいてください, 看護婦さん」 byルース・ジョンストン【時の旅人さんの健康管理カラダカラノート】

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12年02月20日(月)

「きいてください, 看護婦さん」 byルース・ジョンストン

< 明日は実家戻ります...  | きみは知っている >
「きいてください, 看護婦さん」 byルース・ジョンストン


ひもじくても、わたしは、自分で食事ができません。
あなたは、手のとどかない床頭台の上に、わたしのお盆をおいたまま去りました。
そのうえ、看護のカンファレンスで、わたしの栄養不足を、議論したのです。


のどがからからで困っていました。
でも、あなたは忘れていました。
付き添いさんに頼んで、水差しをみたしておくことを。
あとで、あなたは記録をつけました。わたしが流動物を拒んでいます、と。


わたしは、さびしくて、こわいのです。
でも、あなたは、わたしをずっとひとりぼっちにして、去りました。
わたしが、とても協力的で、まったくなにも尋ねないものだから。


わたしは、お金に困っていました。
あなたの心のなかで、わたしは厄介ものになりました。


わたしは、一件の看護的問題 だったのです。

あなたが、議論したのは、わたしの病気の理論的根拠です。

そして、わたしをみようとさえなさらずに。


わたしは、死にそうだと思われていました。
わたしの耳がきこえないと思って、あなたはしゃべりました。
今晩のデートの前に美容院の予約をしたので勤務のあいだに、死んで欲しくないと。


あなたは、教育があり、りっぱに話し、純白のぴんとした白衣をまとって、ほんとうにきちんとしています。
わたしが話すと、聞いてくださるようですが、耳を傾けてはいない のです。


助けてください。
わたしにおきていることを、心配してください。
わたしは、疲れきって、さびしくて、ほんとうにこわいのです。


話しかけてください。
手をさしのべて、わたしの手をとってください。
わたしにおきていることを、
あなたにも、大事な問題にしてください。


どうか聞いてください。看護婦さん。
(American Jurnal of Narsing 1971年2月号より)

《高橋照子:シリーズ看護の原点 人間科学としての看護学序説-看護への現象学的アプローチ,医学書院,1991》p215-217より抜粋 

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看護を学んだことのある方には、既にご存知だと思いますが、
言わずと知れたトラベルビーの『人間対人間の看護』


でもこれ、看護師でなくてもできるんだ。

だから看護って特別なものではないんだよ。
日常的なものなんだよ。
ごくごく身近に身の回りに看護は溢れているんだ。

看護師じゃなきゃできないこと、実は意外に少ないと思うんだ。
「看護師」としてできることを知るには、まだまだ自分は勉強中なのです。

何回も何回も何回も、これを読むと色々気づけます。
でも、学べば学ぶほど、さっぱりんこです[m:228]

だからこそ面白い[m:49]




ご飯食べたいんだよ。
喉が渇いてるんだよ。
寂しいんだよ。

耳は聞こえてるんだ、ちゃんと感じる心があるんだ。

「見てくれ」だけ、ちゃんとしてても実は中身がない。

表面上だけなんて嫌だから。もっともっと私を見て。


看護の現場だけでなく、日常でもこのような風景はよく目のあたりにする。

俺のさっぱりんこな頭で考えるけれど、やっぱりできることから少しづつしていきたいね。

そう思う人、そう感じる人が増えていけば、そして行動していけば、変わるはずなんだ。



患者さんにあれやこれをして欲しいと言われてもできない。
色々な理由がある。患者側の問題、看護師側の問題。組織・システムの問題。

そんな現状があります。


【記録グラフ】
体重
80kg
体重(kg) のグラフ
   
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