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13年04月16日(火)
地方紙の記者手帳より |
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< 夕刊に・・・
| 義父の思い >
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「あんた、五葉に登った事あるかい。」 のちに山登りで知られる○○さんがまだ、大崩山や祖母山に登った事が無い頃、 山に詳しい老人からそう聞かれた。○○さんは五葉岳と云う名前に興味がわき、 「何所から登るのですか」と聞いた。
道を教えて老人は言った。「山に行く時は必ず弁当を1食分、余分に持って行くものだよ。 それにランプも忘れずに。」 ○○さんは教えられた通り、日之影町見立てから五葉岳に挑戦した。 ところが原生林や雑木林を歩いているうちに道に迷ってしまう。 そして深い谷間で沢山の墓に出会う。
そういえばこの辺りは大吹谷。 江戸時代から栄えた大吹鉱山跡。墓は明治以前のもので戒名は信女より 一段高い大姉ばかり。これはきっと、話に聞いた女性達の墓だ_ ○○さんは訪ねてくる人も居ない山奥に眠る人たちに手を合わせた。 昭和36年のことという。
「私はこの大吹谷を通るコースを4回通り4回とも道に迷ったのです」 (山のよもやま話)。無ルート登山者を自認する○○さんは山々を歩き、 登山グループささ○○の会を結成、登山道や自然を守った。 出版社に頼まれて「宮崎の山」等を執筆。 祖母山系の親父山そばの障子岳の稜線でばったり出会ったことがある。 親父はクマ。 九州にもクマはいるというロマンを抱き続け、親父岳周辺は庭だった。 ○○さんが亡くなった。ご冥福を祈ります。
悲しいけれど偉大だった義父を垣間見る事が出来ました。
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