14年間。 89番は永久欠番に。 王さんは人柄がいい。 尊敬できる方だから、 そのお姿が見られないのは本当に寂しい。
longing8さん 巨人ファンだった少年時代、多くの少年がそうであったように私も熱烈な長嶋ファンで、王さんにはいま一つ親近感が足りなかった。長嶋びいきのゆえ、ほとんど全ての成績で上回る王さんを目の上のたんこぶのようにさえ思っていました。 時が流れダイエーが福岡へ。待望の九州の球団が誕生しましたが、当初は来る日も来る日も負けてばかりで最下位が指定席。選手たちには負け犬根性が染み付いているように思えて、我々ファンも「ああまた今日も負けか」と悔しささえ薄れかけていました。 そんなとき根元監督が後任に王さんを口説き落として引っ張ってきてくれました。東京生まれの東京育ちで巨人の栄光を築き上げてきた誇り高き「世界の王」がよくぞ九州へ、パリーグへ、しかも万年最下位の弱小チームの指揮官を引き受けてくれたという意外な思いと、一方で長嶋さんタイプと違って偉大であるばかりに距離感のある王さんが、果たしてくすぶり続けている選手やファンの心をつかんでくれるだろうかという期待感の薄さが錯綜していました。 蓋をあければやはり何も変わらず最初の2年くらいは相変わらず負け続け、他チームからはお客さん扱いされていました。業を煮やした一部のファンは試合後バスへ向かう王監督に生卵をぶつけたり、球場で「王さん頼むからやめてくれ」という失礼なプラカードを掲げたりしました。プライドの高い王さんが受けた屈辱は察して余るものがありましたが、そんなときさえ「ファンはひとつも悪くない、俺たちが結果を出せばいいんだ」とファンを大切にする姿勢は変わりませんでした。 次の年くらいから若い選手が徐々に力を付け始め、秋山・工藤らも選手たちの意識改革を担ってくれ、チームが日に日に強くなっていくのを実感しました。あるテレビの密着取材で、一日を終えた監督がユニフォーム姿のまま選手の控え室の裸の蛍光灯の下で、仕出し弁当をほおばりながら「オレはこんな野球がやりたいんだ」とざっくばらんに、熱く熱く一時間近く語り続けた姿を見て、近づきがたいようなそれまでの先入観が一気に崩れ、親父のような親近感が沸いたのを覚えています。 それからはご存知のとおりダイエーの黄金時代が訪れ、14年が過ぎてしまいました。やめないで欲しいという願いにも増して、胃の全摘出手術後のやつれたお顔、ひと周り小さくなった体は見るに忍べず、どうか今はお体を休めてくださいと言いたい。「14年間ホークスのユニフォームを着れて幸せでした」「第二の故郷」のお言葉には感謝、感謝です。 会ったこともなくなくテレビや新聞を通じて拝見しているに過ぎませんが、間違いなく男の生き様を見せてくれた、人間くさい最高の方です。
いわんさん 最初の数年は「おまえらプロか!!」でしたものね。 星野監督だったらケンカになりそうな場面も冷静に受け止めていました。 今だから分かる若手の育成時期だったと。 短期は損気といいますが、王さんはその真逆で決して腹をたてなかった。 出来てない人間には真似できません。