継続は力なり【ああそうさんの健康管理カラダカラノート】

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09年03月09日(月)

継続は力なり

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「継続は力なり」、カラダカラ会員の皆さんは実感ですね。

で、これは、

  A 継続することは、やがて自分に力となって返ってくる

  B 継続するには、自分自身に力がなければならない

たいがいの人は、Aと思っていますよね。

でもこれ、Bとも言えるのだそうです。定義はありませんとか。

そう思って聞くと、なるほど、言葉って面白いですよね。

でもこれは違いますね。
「情けは人の為ならず」 我が家の子供たちも高校生ぐらいまでは、

「情けをかけるのは、その人の為にならない」というように勘違いしていましたね。

これは「情けをかけるのは他人の為ではなく、自分の為にもなる」ということでした。

勘違いして使っていたり、全く意味を取り違えていたり、日記をつけていると言葉の面白さに気付きます。

コメント
ケロケロママ 2009/03/10 00:28
勘違いして覚えている事って少なくないですよね。
継続は‥はやや勘違い?
情けは‥は後のほうで考えてました。
全然‥肯定か全然‥否定かなんてのもそもそもは全然オッケー☆みたいな使い方だったとか
言いますし。ひょっとして今の若者の間違い日本語だって間違いじゃなかったかも?
 ああそう 2009/03/10 16:34
「継続は力なり」はA・B両方にとっていいそうですよ。両方知っているのも面白く使えて
いいんじゃないでしょうか?
若者の間違い日本語ネエ・・時代とともに間違いじゃなくなっていいんでしょう・・・ねえ~
国語学者の金田一先生が、以前そうおっしゃっておられました、時代とともに変わっていくのが
言葉ですって!
アオチャン 2009/03/10 00:48
最近スクワット増えてきましたね~。
オッサンはどうしてもAにしたいな~。
スクワットが増えたのもオッサンが記録を更新できたのも継続していたから、力がついたと思うのですが~~間違っているんですかね~?。
 ああそう 2009/03/10 16:40
一度にやるのはやはり50回が今のところ限界です。朝、昼、晩やれれば150回になりますが・・・
Aでも間違いではないそうです。ただ、Bというとりかたも間違いではないのだそうですよ。
私は今のところ、Bの感が強いかなぁ~。Aは実行できた人でなければ味わえないですから。
さぼり魔の私は、Bを実感!
わし  2009/03/10 07:00
>継続するには、自分自身に力がなければならない

確かに。 でも、その力は本来、誰でも持っているものなんだぉね。 あとは、マジメに続けられる根性がどれだけあるかということだべなぁ。 簡単なようでいて、なかなか簡単なことじゃない。日本のような国に生まれると、はじめからあらゆる意味で恵まれてる部分が多いから、なにか努力しようと思うことがあっても、それをやらなきゃ生きていけないわけでもなかったりすると、どうしても甘えの気持ちが出やすくなる。 本当にストイックに続けていけるものがなにかひとつでもあるというのはええですなぁ。
 ああそう 2009/03/10 16:46
やっぱりね!ストイックな「里帰りしているヨメ」さんじゃ~
それにしても長いよこのハンドルネーム、帰ってきたら「帰って来てあげたヨメ」にするの?
う~む、一生懸命やってもせいぜい一回に50回が限界のスクワット。頭に「里帰りしているヨメ」さんを
思い浮かべながらやってるんですよ、これほんと!
(アタシだって、今に見ていろ、スクワット1000回なんて日記にのっけちゃうもんねえ)
目標は遠いほど燃える!!!
longingly8 2009/03/10 22:05
遠い目標はやっぱり遠いな、って感じることもある。
体力をつけなければ、次へ進めないわね。
スクワット10回からでも始めましょう。
 ああそう 2009/03/11 16:40
体力を付けとかなければ、人のお世話もできないことを痛感しました。
有酸素運動の前に筋力アップです!なるべくゆっくり、なるべくふか~く、只今奮闘中です。
ブルドッグ 2009/03/10 23:48
継続は力なりは専らBの意味にとっていました。
何時も何か書くときに「表現力の無さ」に泣かされます。特に新入社員のと近所初代の係長が厳しい人で、折角書いた公文書が赤ペンで真っ赤になって戻って来たのを未だに忘れられません。・・・半世紀前の話です。
 ああそう 2009/03/11 16:46
ブルドッグさんからそのような事を伺うと、へえ~、と思いますよ。
社会人になったばかりの頃は、上司に手取り足取り教えて頂いた事たくさんありました。
今は、そんな新人教育はしませんでしょうね、あの頃はまだ今より、時間のながれも
人の意識もゆったりしていました。何か変わり方に、人との関わりをなるべく省いていく
ような気が致しますが・・
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