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09年04月15日(水)
『言志四録』(げんししろく) |
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< 西行の無常観
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▼メルマガから「博学卓識」ーー> 連想で「博学多識」ーー> NETから『言志四録』 http://iwanami.co.jp/.BOOKS/33/3/3303110.html
▼『言志四録』(げんししろく) 『言志禄』、『言志後禄』、『言志晩禄』、『言志耋(てつ)禄』の4書の総称。
「言志四録」は江戸時代の儒学者佐藤一斎(1772~1859)終生の処世訓 であり、 幕末の西郷隆盛や佐久間象山・吉田松陰その他多数の志士達に多大の感銘を与え座右の戒めとし、 維新の原動力の源となった。また味読する事により長寿の秘法とも言われている金科玉条の名著である。
☆霞ヶ関でちょっとした事件が起った。・・・2002年以前の記事です。 小泉首相が田中(真紀子)外相に安岡正篤「重職心得箇条を読む」(到知出版社)を手渡し、 上に立つ者としての自覚を促したところ、あっという間にこのニュースが広がり、 出版社に問い合わせが殺到、パニック状態が発生したのだ。
最近、首相はこの「重職心得箇条」の著者「佐藤一斎」にいたく心酔しているようで、 官邸メールでも首相は一斎の主書「言志四録」を引用しておられる。
日産ゴーン氏のリストラ再建法、前GE会長ウエルチ氏のNO1・2戦略、マイクロソフト・ビルゲイツ氏の スピード経営など外国製品が席巻している中で、首相が純国産の「佐藤一斎」を愛読しておられるのに好感を持つと同時に、 霞ヶ関の人々のみならず、広く経営者の方々にも「佐藤一斎」を再認識して頂きたいと思う。
そこで今回は、読者の中には、永年「言志四録」を愛読されている方がおられるのを承知で、 評者が出会った良書中の良書である本書を是非ご紹介してみたい。
「佐藤一斎」の経歴については、後述の文献で詳しく知ることができるので、 江戸幕府の最高教育機関であった昌平黌(しょうへいこう)の儒官(今なら、東大の学長に相当)を務めた江戸時代最高の 碩学(せきがく)であったとだけの記述にとどめたい。
第13回に出てきた佐久間象山と山田方谷が毎晩激論を交わしてうるさいのを、 「あの二人ならほっておけ」といったお爺さんのことと言った方がわかりやすいかも知れない。
一斎は多くの著作を残したが、代表作は「言志四録」である。 「言志四録」とは、1813年(文化10)に始まり晩年まで書き続けられた次の4冊のエッセイ集という意味である。
○ 言志録: 42歳から約11年間 246条 ○ 言志後録:57歳から約10年間 255条 ○ 言志晩録:67歳から約12年間 292条 ○ 言志耋(てつ)録:80歳から約2年間 340条
これらすべてを紹介することはできないので、一冊目の「言志録」から、 例によって評者がこれと思った条をピックアップした。 底本には参考文献の(1)を使ったが、現代語訳はないので、文献(2)も参照しながら、評者が試訳した。 原文は漢文であるが、読み下し文と現代語訳を掲載する。
●凡そ事を作(な)すは、須(すべか)らく天に事(つか)ふるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。(言志録3) およそ、何かに成功しようと思えば、必ず一切の利己心を捨て天につかえる心を持たなければならない。 またその結果を他人に誇示する必要などどこにもないのだ。
●人は須(すべか)らく自ら省察すべし。「天何の故にか我が身を生出し、我をして果たして何の用にか供せしむる」と。 我既に天の物なれば、必ず天の役あり。天の役共せずんば、天の咎(とが)必ず至らむ。 省察して此(ここ)に到れば、我が身のかりそめに生くべからざるを知らん。(言志録10)
人は必ず自分自身を省みて考えるべきである。 「天はどんな理由で私をこの世に生み出し、私に何をさせようというのだろうか」と。 自分はすでに天が生んだ物だから、必ず天が命じた役割があるはずだ。 天が命じた役割を果たさなければ、必ず天罰が下るはずだ。 自ら反省してここまで考えると、世の中いい加減に生きるわけにはゆかないことを知るだろう。
●学を為(な)す。故に書を読む。(言志録13) 学問をする為に書物を読むが、書物を読むことが学問することではない。
●静かに造花の跡を観るに、皆其の事無き所に行(や)る。(言志録17) 心静かに万物の創造された跡をみると、全て自然に無理なく行われているのがわかる。
●事を慮(おもんぱか)るは周詳ならんことを欲(ほっ)し、事を処するは易簡ならんことを欲す。(言志録26) 物事の計画段階では用意周到にしなければならないし、物事の実行段階では容易で簡単にできるようにしておくことが肝要だ。
●自ら責むるに厳(げん)なる者は、人を責むるも亦(また)厳なり。 人を恕(じょ)するに寛(かん)なる者は、自ら恕するも亦寛なり。 皆一偏たるを免れず。 君子は則(すなわ)ち、躬(み)自ら厚うして、薄く人を責む。(言志録30)
自分を責めるのが厳しい人は、他人を責めるときもまた厳しいものだ。 他人を許すのに寛大な人は、自分を許すのもまた寛大になりがちだ。 これらは皆一方に偏ったやり方であることは否定できない。 立派な人間は、自分を責めるときは厳しく、他人を責めるときは寛大であるべきだ。
●人の賢否は、初見の時において之を相(み)るに、多く謬(あやま)らず。(言志録39) 人が賢いかどうかは、第一印象でほとんど誤りがない。
●昨(さく)の非を悔(く)ゆる者は之(こ)れ有り。 今の過(あやまち)を改むる者は鮮(すく)なし。 (言志録43) 過去の過ちを後悔する者はいくらでもいる。ところが、現在進行中の過ちを改めることが出来る者は、滅多にいない。
●得意の時候は、最も当(まさ)に退歩の工夫を著(つ)くべし。 一時一事にも亦皆亢竜(こうりょう)有り。(言志録44) 絶好調のときこそ、悪くなったときの準備をしておくべきである。 どんな時でも、どんな事にでも、みな「盛者必衰の法則」が働くのだから。
●土地人民は天物なり。承(う)けて之れを養ひ、物をして各々(おのおの)其の所を得しむる、是れ君職なり。 人君或は謬(あやま)りて、土地人民は皆我が物なり、と謂(おも)うて之れを暴す。 之れを之れ君、天物を偸(ぬす)むと謂(い)う。(言志録46)
土地や人民は天の物である。天からこれを受けてこれを養い、これらを適材適所に配置するのが、上に立つものの仕事である。 上に立つものが誤って、土地人民は自分のものだと思い込んで勝手に扱うのならば、天の物を盗んだと言わずにおられようか。
●大臣の職は、大綱を統(す)ぶるのみ。日間の瑣事(さじ)は、旧套(きゅうとう)に遵依(じゅんい)するも可なり。 但(た)だ人の発し難きの口を発し、人の処し難きの事を処するは、年間率(おおむ)ね数次に過ぎず。 紛更労擾(ふんこうろうじょう)を須(もち)ふること勿(なか)れ。(言志録51)
大臣の仕事は、おおもとを監督するだけでよい。日常の些細な事柄は、以前からの慣習に従って処理すればよい。 ただ仕事といえば、他人が言いにくい事を発言したり、処理するのが難しい仕事をやったりするのが、1年に数回あるにすぎない。 だから、やたらにかき乱して無駄骨を折ってはならないのだ。
●利は天下公共の物なれば、何ぞ曽(かっ)て悪有らん。 但だ自ら之れを専(もっぱら)にすれば、則ち怨(うらみ)を取るの道たるのみ。(言志録67)
利益を図ることは天下の公共物であってなにも悪いことではない。 ただ、自分一人で独占したりすれば、他人からうらまれるだけだ。
●凡(およ)そ人を諌(いさ)めんと欲するには、唯だ一団の誠意、言に溢(あふ)るること有るのみ。 いやしくも一忿疾(ふんしつ)の心を挟(はさ)まば、諌(いさめ)は決して入らず。(言志録70)
およそ他人をいさめようとするには、ただひと塊りの誠意が言葉にあふれていればよい。 かりそめにも、ちょっとでも怒り憎む気持ちがあったら、いさめは決して他人には受け入れてもらえない。
●下情は下事と同じからず。 人に君たる者、下情に通ぜざるべからず。 下事は則ち必ずしも通ぜず。(言志録84) 一般庶民の気持ちと彼らのやっている仕事とを混同してはならない。 人の上に立つ者は、一般庶民の気持ちの方をよくわかっていなければならない。 だから、必ずしも彼らの仕事まで熟知している必要はないのだ。
●着眼高ければ、則ち理を見て岐(き)せず。(言志録88) 大所高所から見ていれば、物事の核心がよくわかり、岐路に立っても正しい選択ができる。
●士は当(まさ)に己れに在る者を恃(たの)むべし。 動天驚地、極大の事業も、亦都(す)べて一己より諦造(ていぞう)す。(言志録119)
志ある者は、まさしく自己に内在する能力だけを当てにすべきである。 世間をあっと驚かすような大事業でも、すべてただ一人の人間が造り出してきたではないか。
●急迫(きゅうはく)は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す。(言志録130) せっぱ詰まりあわてふためいて物事を実行すると失敗する。 心を落ち着けじっくりと実行してゆけば物事は成功するものなのだ。
●博聞強記(はくぶんきょうき)は聡明の横(よこ)なり。 精義入神(せいぎにゅうしん)は聡明の竪(たて)なり。(言志録144)
ひろく物事を聞いて、それをよく記憶していることは、「頭がよくなる」ための横軸である。 トコトン物事を考え抜くのは、「頭がよくなる」ための縦軸である。
(参考)第3回で、松下幸之助翁の「思考法」を紹介したが、佐藤一斎の「思考法」も全く同じであることに驚かされる。 一斎の他の記述から、天の理を大変重要視しているから、「頭のよくなる」ための軸として、 天や自然の理法を付け加えれば3次元の思考軸ができあがる。
下図は、「最強の思考マトリックス」といえるだろう。
3軸:トコトン考え抜く | | | | | /\ / \ / \ 1軸:広く衆知を集める。 2軸:天の理・自然の法則に合致しているか。
●信、上下に孚(まこと)なれば、天下甚(はなは)だ処し難き事無し。(言志録150) もし、信頼関係というものが組織全体に行き渡っているならば、世の中でできない事業はないにちがいない。
●胸臆虚明なれば、神光四発す。(言志録161) もし、心にわだかまりがなくどこまでも澄みきっているならば、体から霊妙不可思議な光が四方に発して輝いて見えるだろう。
以上「言志録」246条のうち20条だけを紹介したが、「人生の達人」の言葉に圧倒された方も多いと思う。 西郷隆盛が、この書を愛読し、特に101条を抄出したものが「西郷南洲遺訓」(岩波文庫)に収録されていることも有名だ。 最後に、伝記作家、小島直記氏が愛すべき小書「私の『言志四録』」の最後の章で採り上げている「言志晩録」の1条で締めくくりたい。
●一燈(とう)を提(さ)げて暗夜を行く。暗夜を憂(うれ)うること勿(なか)れ。 只(た)だ一燈を頼(たの)め。 本年はさらに一層厳しい年になりそうだ。小泉首相は、はたしてこの暗夜の中で頼みとなる「一燈」になりうるだろうか。 http://www.jmca.net/book_ie.html#http%3A//www.jmca.net/booky/takeshita...
※佐藤 一斎(さとう いっさい: 1772年11月14日(安永元年10月20日)- 1859年10月19日(安政6年9月24日)) 日本の武士・岩村藩士、儒学者。諱は担。通称は捨蔵。号は一斎のほか、愛日楼。 佐藤一斎の言葉として有名な「三学戒」は『言志晩録』第60条の言葉である。 2001年5月に総理大臣の小泉純一郎が衆議院での教育関連法案の審議中に言志四録についてふれ、知名度があがった。 三学戒 『言志晩録』第60条 ・少にして学べば、則ち壮にして為すことあり ・壮にして学べば、則ち老いて衰えず ・老いて学べば、則ち死して朽ちず
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