難病と闘われて【ああそうさんの健康管理カラダカラノート】

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09年10月23日(金)

難病と闘われて

< no title  | 反省 >
私の友人の旦那様はALS(筋委縮性側索硬化症)という難病に罹患されている。

二人の娘さんに恵まれておられるのだが、

まだ下のお子さんが小学生になる前の事でしたから、かれこれ20年くらい前になります。

義理のご両親と同居されていましたが、どういうわけかご両親は一切面倒は見てくれなかったそうです。

ご両親は健康な弟さんがいたのでそちらを頼りにされたそうです。が、その弟さんも定職には就かずにいて

一切を私の友人が面倒を見たのです。

ALSはやがて進行し、現在は目のわずかな動きだけで意思を確認するようになってきました。

それでも、嫁がれた二人の娘さんとその若い旦那様達が協力し、昨年はTDL(東京ディーズニーランド)へ
出掛けました。

TDLではそのスタッフさん達も協力してくれ、たいそう楽しんで来られたようです。

今、ご夫婦はたくさんの辛い事があった旦那さまのご実家を離れ、お二人で暮らしていますが、
とても穏やかな毎日だと言っていました。

8月の総選挙にはNPOの協力で投票に出掛けたそうです。

明後日の参議院補欠選挙にも出掛けるそうです。やはりNPOの方達の協力で。

でも、候補者を選ぶという投票行為は家族も付き添いも出来ません。

それは選管のスタッフの方が、紙に書かれた候補者の名前を指差しながら

「この方ですか?」と順番に聞き、わずかな目の動きの意思を読み取るのです。

友人は言ってました。

  そうする事で積極的に社会参加をし、難病を抱えた人達も健常者も
 生きる意味を考え、後に続く人達の助けになりたい。
 人様に迷惑をかけているとは思わない、確かに有り難いと心から感謝はしているが
 助け合う社会であって欲しいし、そうすることで自治体も広い視野で考えていって欲しいから。

どうですか?

私はいつもこの人達に教わることが多いのですよ。

コメント
ブルドッグ 2009/10/23 22:52
難病を抱えている人に対し無私で何年も尽くすことができるかと自分に問うてみると
愕然とします。助け合うのが当たり前の社会を言う前に自らの意識をを考え直す必要があるかもしれません・・・
思いやったり、同情する気持ちは充分に持っていますがそれとは違いますね
 ああそう 2009/10/26 13:36
遅くなりました。
家を留守にしていました。
そのご夫婦にとって20年という歳月はとても早く感じているとのことでした。
呆然とした時期から、子育てを一生懸命やってこられ、義父母に仕え、そして
病状の進行。旦那さまが亡くなったらと、まだご存命なのに
義理の弟さんとの結婚を勧められたりと辛い日々を過ごしておられました。
友人が集まって、話を聞いたり、何か環境を変えられないかと知恵を絞ったりと
無力ではありましたが皆が気にかけていました。
現在の穏やかな日々を心から良かったと思い、またこの病気に対して
まだまだ解明されていない原因や有効な治療法を思うと他人事とは思えません。
maruomaru 2009/10/27 11:49
私の親友がかつて付き合っていた男性のお父様がこの病気に罹りました。
友人はこの男性と結婚を望んでいたのですが、男性側が「今後どれだけ迷惑かけるか分からない」
と断ってきたそうです。会社も辞めてお父様の世話をしているみたいです。
病気になるのは誰のせいでもないし、誰にも起こり得ることなのに、病人が「私の存在は家族や社会の負担になる」
と自分の存在を否定せずにはいられない社会は残酷ですね。
健康状態が良い、知能が高い、見た目が良い、稼ぎが良い、そういう条件に恵まれた人だけが
社会を形成しているところなんてどこにもありません。歩くのが遅い人には周囲が歩幅を合わせるような、
病気を抱えた人も自分らしく働いたり、生きる喜びを感じながら過ごせる、そんな国になってほしいですし、
私もそんな成熟した国民になりたいです。
しかしその方のご両親ってなんなんでしょう?
難病に罹患されただけでもご本人やツレアイさんは大変なのに、なんて酷い・・・。
 ああそう 2009/10/27 17:03
こんにちは、maruomaruさん。
ずっと長い間の友人でした。独身の頃から・・
ですから、この病気に罹るのは誰にでも起こりうるというのが
私達の実感です。特別ではなく、ごく自然に奥様もお世話をしていました。
誰でもが自分にとって大切な人が病気に罹ればそうするように、娘さん達も
小さな頃からお父さんを助けるのが当たり前、というように。
身近にいても何もして差し上げられませんが、そう思うことが失礼だろうと
思います。ごく自然に他人として接していればそれでいいんですね、ご夫婦にとって。
話をしに行き、お茶を一緒に飲み、ふざけたり、こちらの愚痴も聞いてもらう、
同じ時代を生きるものとしての同志でいいんです。同情は不要なのですね。
ですから「選挙」に出向くのは当たり前なんです。
longingly8 2009/10/27 23:54
maruomaruさんの意見に賛成です。
>条件に恵まれた人だけが社会を形成しているところなんてどこにもありません。
 歩くのが遅い人には周囲が歩幅を合わせるような・・そんな国

つい数十年前迄は街に車椅子の方が少なかった。
今は多くなりました。身体に障害を持っている方も外へでるようになってきた。
もっともっと、
 あなたも私も朗らかに、みんな仲良く生きる街にしましょう。

このALSって難病は意外に多いんですね。私の学生時代の友人の夫君もそうです。
50歳前に発症。定年まで数年を残し退職し、今、旅を二人で楽しんでます。
彼は一人っ子、すでに4人の親はなく、子供も息子一人。
彼女は時々不安でいっぱいの心境を電話してきます。
二人で数時間も話してしまいます。
人生、いたるところに、いろいろあるものだと思いますね。
みんなが社会参加できる街、国がいい。
 ああそう 2009/10/28 18:58
本当にそう思います。
日記に書いてはいけないような気もしていましたが、
ここ1~2年病院に出向く事が多くなりました。
そこには老老介護の現実を目の当たりにし、難病の若い方や子供、
そして食事もゆっくり摂っていられない医師や看護師さん達も多く目にしました。
いかに普段、自分は周りに助けられて生きているのか実感しました。

今はこれから「成熟した大人」として何が出来るか、体が動けるうちに
社会に対して何をしていこうか考えています。
「お母さん、元気ないから何かやったら」と娘が言います。
持ってきたのはヘルパーの講座の案内でした。日曜日一日がかりで3か月、
義母の調子をみながら考慮中です。
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