mikazukiさん
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07年04月11日(水)
2004年のこと④ |
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9月の終わり、事務兼保育補助として週2日働いている幼稚園の運動会後、10月いっぱい休みをもらう。
10月6日 入院。
10月7日 手術室担当の看護士さんから、手術までのスケジュールについての説明を受ける。
とても感じのいい優しい人で、何時にどういう注射をして、何時に手術室に入るかなどを丁寧に話してくれた。
仕事が休みだった義母がお見舞いに来てくれる。
駅からちょっと遠かったので、大変だったらしい。
義母には、あまり詳しい経緯を話していなかったので、
あまり重大視はしていない様子。まぁ、深刻になられても困るから良いのだけれど・・・。きっと義母なりの気遣いなのだろう、あまり根掘り葉掘りは聞かれなかったのが、ホッとしたような寂しいような・・・複雑だった。
10月8日 手術
この日はダンナも仕事を休み、母と一緒に来てくれた。
午後からの手術。
小学校6年生の時に受けた盲腸の手術以来の麻酔。
でも全身麻酔は初めて。
入院してからの不安はほとんどなかった。
先生も担当の看護士さんも、ありがたいことにちゃんと信頼することができたし、思ったより病院食はおいしかったし。
手術後、気付くと麻酔が覚める時の症状なのか、寒くて仕方なかった。
肺塞栓予防のために血液循環が悪くならないよう、足を自然に動かすようにする機械をつけられていた。
普段、うつ伏せや横向きに寝ていたので、ずっと仰向けになっていなければならない状態は、ちょっとつらかった。
膀胱カテーテルも入っていたので、ほとんど動くこともできず、うつらうつらとして眠れない夜だった。
次の日の午前中、回診でI先生と会ったら、なんだかわからないけどホッとして涙が出た。
お腹にあいた3つの小さな傷口の消毒。
午後の点滴が終わると、膀胱カテーテルも抜いてもらえた。
後は、どんどん歩くように言われる。
開腹手術ではなかったから、快復も早い。
夜にはもう3分粥が出た。
術後2日目からは、どんどん通常食に近づき、リハビリだから・・とどんどん歩かされた。それでもまだ、点滴用のカラカラ(タイヤがついていて支えになる)を頼りにしていた。
気持ち的にも楽になり、暇つぶしに本を読んだり、お絵かきロジックをしたり・・・。
夕方、母が来てくれた。思ったより元気な顔で安心したらしい。
この前は、術後すぐでグッタリしていたから。
なぜだか「お母さんを駅まで車で送ってあげて~」とうなされたように何度もダンナに頼んでいたらしい。
術後3日目。カラカラがなくても、お腹を押さえてゆっくりながら歩けるようになり、元気になりつつある。
傷口の様子も良いようなので、退院は明日でもいいと先生から言われ、なんだかあっけなく入院生活が終わるのかぁ・・となんともいえない気分。
夜、久しぶりにシャワー。
傷口には絆創膏が貼ってあるけど、気になって仕方なかった。
お腹がなんだか張っているというか・・膨れている。
術後4日目。午前中の回診でエコー検査を受け、卵巣の腫れはすっかりなくなっていることを確認。
午後には退院してよいとの許可が出る。
お昼近くになって、I先生が病室に。
実は手術で取り出したものを、できれば見たいと頼んでいた。
すぐに病理検査に出さなければならないから、無理だと言われていたが、手術の様子を撮ったビデオを見せに来てくれたのだった。
腹腔鏡でお腹の中の様子がよくわかった。
卵巣を腫らせていた中身をすっかり取り、その後卵管に液体を通して、卵管が詰まっていないかの検査もしていた。
さらに、2つの小さな子宮筋腫もついでに取ったとのこと。
子宮筋腫は予定外だったけれど、見つかって取ってしまえたことはよかった・・と、I先生も言ってくれた。
「これで、あとは赤ちゃんが来られるようにまた頑張りましょう。」
おもわず握手してしまいました。
でもこの時、本当は・・・
手術の後、生理がちゃんとくるまでは、なんとなく不安だった。
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