grillさん
最新の記録ノート
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09年12月25日(金)
吸血鬼。 |
< 叱られた。
| あと少し。 >
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遠くに踏切の警報音が響く。最後の回送電車が通り過ぎる振動に、部屋の曇り硝子が微かに震えた。 薄暗い部屋の中で、彼の腕にわずかな重みを与えて眠る女の顔を眺めながら、男は生涯の中でもっとも幸せな時間を過ごしていた。 たおやかな丸みを帯びた額に、真直ぐに走る眉。涼しく切れ込んだまぶた。すっきりと通った鼻筋。控え目な頬から繊細な顎に続く輪郭。 まだあどけなさの残る彼女の容姿に、男は(完璧だ)と心の中でつぶやいた。その完璧さは、彼にとっての女性の美の基準だった。 振り返れば、これまでに経てきた色恋沙汰の相手は、皆どこかしら似た印象を与える女だった。 彼はそれを“タイプ”という言葉で簡単に片付けてきた。 それでいて誰かを真剣に愛したこともなかった。恋愛の結末には、いつも彼自身の投げやりな態度が思い当たる。 しかし、今、目の前には長年探し続けてきた、美しさそのものがあった。 彼は、深い満足の中で、いつしか眠りについた。 ふと目覚めると、部屋には明りが灯っていた。 見渡すと、隣に眠っていた女は、ブラウスだけを羽織った格好で、テーブルに向かい缶詰の蓋を開けようとしている。 「お腹、空いちゃったの」 男は、安堵感に小さく笑うと、ぼんやりとした頭で今しがた見た奇妙な夢を思い出していた。 それは、彼がごく幼い時分、実家の庭の片隅で、彼女の口づけを受けたという夢だった。 (そんなことある訳がない。もしも、いつか彼女と出会っていたとしても、今の容姿であるわけがない。) 馬鹿なことを考えたな、と、もう一度彼女の方に振り返ると、彼は奇妙なことを発見した。 男の独り暮しらしく彼の部屋には大きな姿見など無いのだが、片隅に据えた髪を整える小さな鏡に女の姿が映っていないのだ。 (角度の加減かな)そう思って鏡に目を凝らす。 そして、女の位置を確かめようと彼女の姿を探した時、そこにあるはずの女の姿はなかった。 鏡の中と同じように、ガランとした寂しい部屋の景色だけが広がっていた。 (もしもこの出来事が、怪異の仕業だとすると…)男は複雑な気分で思考を巡らせる。 (俺は、首筋からは一滴の血も奪われなかった。けれど彼女は、これからの俺の人生が、これまで以上にやるせないものになるだろうという、確信を残して去ってしまった。)
大昔に書いた物語の一つでした。 メリークリスマス。今日は終日仕事です。
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