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10年09月14日(火)
花山法皇 |
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< 寺と神社
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【今日のできごと】
西国巡礼 ≪ 御 詠 歌 ≫ ・ 上醍醐寺 (京都・醍醐) 待てといわば いとも畏し花山に しばしと啼かん 鳥の音もがな ・ 元 慶 寺 (京都・山科) 逆緑も もらさで救う願なれば 准胝(じゅんてい)堂は たのもしきかな 花山法皇(冷泉天皇の長子として安和元年(968年)に生まれた)17歳で、第65代天皇に即位するが、在位わずか2年で藤原氏の 策略により退位させられ出家する。 平安時代、藤原氏の栄華を描いた『大鏡』には、そんな法皇の哀れな経緯が記されている。 花山天皇は寛和2年(986)6月23日の夜 ここ 元慶寺で剃髪・出家。19歳の若さで法皇となる。 失意のどん底にあった法皇は 仏眼上人、性空上人らを伴い西国巡礼に旅立つ。 これが西国33ヶ所の観音巡礼の始まりである。
【今日の感想】 民主代表が今日選出される。 故・毛沢東主席が中国国内を旅する列車には時刻表がなかったそうだ。随行した主治医によれば、<毛が目をさました時にだけ列車が走り、眠ると停車するという> 専用列車が通過したあと、ダイヤが正常に戻るのに一週間もかかったそうだ。 自分の気ままな時計で他人の時間を支配する”皇帝気取り”は一般の人にはいい迷惑だ。 中国では「皇帝の時間」が今も健在のようだ。 国務委員が丹羽宇一郎・駐中国大使を真夜中の午前0時に呼び出した。中国漁船の違法操業事件で改めて日本側の対応に抗議したというが、一刻を争う要件ではない。小間使いを呼ぶようなやり方は礼儀を欠いている。 日本政府は、相手の水準に合わせて品位を落とさぬように礼節を保ち、法にもとづいて事件を処理すればいい。 昨年12月、小沢一郎・民主党幹事長(当時)が率いた総勢600人の巨大訪中団を思い出す。中国側の目には、拝謁を乞う群衆と映った事だろう。 皇帝気取りの勘違いが生まれた一因かもしれない。
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| 【記録グラフ】 |
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