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07年10月27日(土)
風そ。 |
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< 木を見て森を見ず。
| みかの。 >
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【其の二十九.】(No.98) 詠み人:従二位 家隆
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎそ夏の しるしなりける (カゼソヨグ ナラノオガワノ ユウグレハ ミソギソナツノ シルシナリケル)
[ギミック] 掛詞:なら=川の呼び名(御手洗川)x楢(ブナ科の落葉喬木)
[通釈]
そょそょと楢の葉に風が吹きそよぐこのならの小川の夕暮れは (もぅ秋の気配を感じさせるけれども)禊(ミソギ)だけが夏の証であるょ。
----- おまけ&キャチ的☆解釈 -----
『なら』の小川は御手洗川(←“オテアライ”ぢゃ無ぇょw)を示し、夏の終わりに 「穢れを祓う禊の神事」を行う、『京都』市上賀茂神社の前を流れる川デス... ちなみに「夏」は陰暦で四・五・六月。・・・色々めんどくせぇょね、古典文学って(^_^;)
この方は定家と並び称される歌人で、その定家はこの歌を『尋常』と評しております。 『尋常』は『非常に優れている』の意。現代では『普通である』の意で用いる事が尋常? といぅよりは「尋常で無ぃ。」の言い回しのほうが馴染み深いですナ。 キャチ的には古典のこぉいう部分は“めんどくせぇ”に入らないのでありますル(^^♪
・・・イト、“ジンジョウ”ナリ。←どっちの意味?
(ノコリ79。 やっぱ、歌って良いょね(^_-)-☆)
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