|
|
07年12月09日(日)
飽食と貧困-その3 |
|
< 飽食と貧困-その2
| 飽食と貧困-その4 >
|
|
ずいぶん間が空いてしまいました、コンチャ!
仕事の合間に書いてるもんだから、どうしてもブツ切れになってしまうし、夜は夜で忘年会シーズンということでいつもほど残業も無く、って仕事してんですか?
またもなみ。さん、コメントありがとうございます!
またメッセージもいただきまして感激しております。
なみ。さんところもお伺いしようと思っていながらいまだ叶えられていませんので、今日この後寄ってみようかと思ってます。って新しく見つけた良いお店みたいですが。
またナーラックトンヤイさん、書き込みありがとうございます。
アジアでの経験がかなりおありなようですね。是非ともナーラックトンヤイさんの人生観というのも聞いてみたい気がします。
私の友達に30台後半のある独身女性がいます。
非常に仕事のできる方で、しかもよく飲みよく食べる。話は楽しいし綺麗だし、クラブにカラオケにとても付き合いの良い人で、私に負けずいつも最後まで残って武勇伝を作り続けている素晴らしい仲間です。
たまたま彼女の家に遊びに行ったとき、ベッドルームの片隅に黒人の子供の写真が飾ってあるのを発見しました。それも数点。
ギョッとして聞いてみたところ、かる~く“あ、私里親やってんの”とのこと。
んー、里親?
写真の子は小ぎれいなブレザーに半ズボン姿でランドセルのようなものを背負っていますが、バックは荒涼とした砂漠というか、赤土むき出しのまさにアフリカの大地でした。
写真のそばに彼からの手紙も置いてありました。
完璧ではありませんが、しかししっかりとした英語で、「僕はやっと○年生になりました。英語の授業も始まったので、これからは長い手紙を書くこともできます。学校では毎日...」という文面がカードに綴られていました。
聞くところによると彼女はアフリカの何とか財団を通してこの彼にすでに4年もお金を送り続けており、図工の時間に彼が作った作品や、彼の家族からの感謝の手紙などを受け取って大切に取っているそうです。
日本よりは白人国家に里親をしている人が多く、私の知り合いのアイルランド人は長年サポートした子供を、養子として引き取っちゃった人もいます。
しかし知らなかった...知り合ってもう5年になるのにまったく知りませんでした。その場にいたすべての人間が知らなかったと記憶しています。
ヘー、とか、フーンとしか言葉が出ない中、仲間の一人から、「でもそういうのって仲介している会社がほとんどを搾取してるから、彼に渡るのなんかせいぜい一月に$1か$2だって聞いてるよ。」との言葉。
アフリカはもちろん、インドネシア、ミャンマー、ベトナムなどアジア方面に里親紹介システムを持つNPOはたくさんあり、たしかにそのほとんどの機関が中間マージンを取っていて、本人の手に少しでも渡ればいい方だという話をよく聞きます。
NPOっつったって広告代も人件費も送金手数料も自腹してくれるわけじゃないですからね。
しかし彼女は怒りもせず、“でも$1でも彼に渡っているならいいの”、その後すぐ、“でも調べようないか!!アッハッハッハ!!”ですって。
送らなければ彼には100円すら入らない。
向こうの通貨にしてどのくらいかわかりません、他にも里親がいるのかどうかもわかりません、しかし彼女がお金を送らない限り彼はあの手紙を送り返すことはできない。
もちろん届いていることが前提になりますが、彼女の言葉を聴いた私たちは全員、それが彼に届いていることを信じて疑いませんでした。
何度も言われてきたであろうことは容易に想像できました。そんなの騙されているんだからやめなさい、どうせその子はいくらももらってないのよ、って。葛藤もあったと思います。
でも彼女は1人で4年も彼とのコミュニケーションを続けてきたんですね。
泣きながらコルカタの惨状を伝えるんだと決心した青年も、豊かな日本で賛同を得ることはなかなか難しいかもしれません。
しかし確実に何かが彼のハートに触れた。
少なくとも確実に日本にいる飽食の世代が想像できない体験をすることができた。だからこそまた戻って流されて、そして悩んで苦しむのでしょう。
あるメールをきっかけに「その1」と称して始まったこの日記ですが、世の中に何かを伝えたくてとか、自分の罪悪感を知ってもらって償うためとか、そういうんじゃなくてなんかこう、長年ノドに詰まったものを吐き出したいと言ったら一番近いでしょうか。
-人は人に傷つき、人に癒される-
このコミュニティに来たとき、ある人に言われた言葉がいつまでも心に残っています。
|
コメントを書く
|
| ページTOPへ戻る↑ |
|
|