|
|
09年12月11日(金)
銀座9丁目 |
|
< 日米時計
| ” 間 ” >
|
|
【今日のできごと】 ・ノミ セット収納箱 ほぼ完成(仕上げにあと2日位?) ・夜、NHK-BS 太宰治「津軽」を訪ねる番組を見た。 昭和19年5月、東京で小説家となり結婚し、最も充実していた頃の太宰が故郷・津軽に里帰りして”津島修治”に戻って蟹田ー竜飛ー弘前と8日間、津軽を旅する。そして9日目に実家、金木の山源を訪ね。今度は元、山源の使用人”タケ”(修治の幼少期に可愛がってくれた)を求めて小泊を探し歩き30年ぶりに再会するまでのお話。 太宰が標準語に翻訳して小説にすると、津軽弁の本来のニュアンスからは微妙に離れるとして、現地で津軽弁でのお芝居が企画された。たとえば、オズカス、家を相続する者以外の弟・カスの事でオズカス修治の心境を理解するには重要な言葉だ。
【今日の感想】 東京・銀座は8丁目までしかない。汐留川 に浮かぶ遊覧船を”9丁目”に見立てた歌が1958年(昭和33年)発売の「銀座九丁目水の上」(詞・藤浦洸、曲・上原げんと、歌・神戸一郎)である。<遊びづかれの ふたりづれ 月のデッキで唄おうか それともキャビンでハイボール・・・>。ウィスキーを炭酸で割ったハイボールは当時の人々には、都会の香りがする酒であったろう。いままた、若い人によく飲まれている。ここ20年来、だらだら坂を下ってきたウィスキーの出荷数量が、今年はハイボール人気に支えられ、前年実績を6~7%ほど上回りそうだという。口当たりが良く、食事にも合うところが好まれているらしい。高級ワインから本格焼酎、酎ハイと、酒のブームは気まぐれな風のように吹いては去ってゆくが、昔懐かしいこの風にはちょっと吹かれてみたい。おじいちゃんと孫のハイボール談義、ウチでは、まだまだ だいぶ先の話だが いいかもしれない。汐留川は高度成長のころに埋め立てられ、姿を消した。”銀座9丁目”はいま、「水の上」ではなく、高速道路の「高架下」にある。夕べNHKの「ブラ・タモリ」という番組で品川から台場のあたりを船で廻るシーンがあった。その前は、確か「日本橋」周辺だった。船から見上げる東京の町もいい。 いまどきは、すこし寒いけれど。
|
|
|
| 【記録グラフ】 |
|
|
| 【食事の記録】 |
|
|
コメントを書く
|
| ページTOPへ戻る↑ |
|
|