次男(眉太)さん
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07年11月01日(木)
漫画2. |
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< 漫画。
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次にゲゲゲの鬼太郎について考察します。
ここでは、存在という概念に焦点を当てたいと思います。
デカルトが「われ思うゆえにわれあり」という存在証明をしたことは有名ですが(この言葉に対する深い考察は省きます)、「妖怪思うゆえに妖怪あり」と安易に転換させることはできるのでしょうか。
当たり前ですが、我々は妖怪を見たことがありません。ごくまれに見たことがあるというお方もいらっしゃるとは思いますが、少なくとも存在が証明されるようなものや記録を我々は持ち合わせていないと言っても問題はないでしょう。
それでは妖怪とはどこから出てきたのでしょうか?
ある程度一般常識をお持ちの方であれば、妖怪というものが人間の心の中より生み出されたものということに対して異論はないのではないかと思います。
古来より妖怪の類は、人の恐怖心を具現化したものとして扱われています。
しかし、ご存知の通り恐怖とは形ではなく心の現象です。
それを具現化させるために心の中でどのようなプロセスを経て、存在しているものと認識されるまで昇華することができたのでしょうか。
ゲゲゲの鬼太郎に出てくる妖怪を見ていると、実はそれが全く虚実から生まれたものではないことがわかります。
猫娘、こ泣きじじい、ねずみ男を考えてみましょう。
これらの妖怪は、相反する2つの存在を融合させることにより、ありえない存在、いわゆる妖怪としての存在意義を見出していることに気付かされます。
ここには知らぬうちに我々を支配しているパラダイムを強引にねじまげることで、我々の中にある恐怖心を具現化させているということがわかります。
娘さんと考えて疑いもしなかった人が急に目の前のネズミを捕まえて食べるということ、泣いている赤ちゃんと思っていた人がおじいさんということ、これらのような不自然な感覚に人は不安に覚えるのです。
人は無意識のうちに固定観念が出来上がっています。例えば、砂糖と間違えて塩が入っているコーヒーを飲んだとき、我々はそのような固定観念に支配されていることに気付かされます。
何も知らなければ、飲む前には甘いとも辛いともわからないはずの飲み物を我々は過去の知覚経験から甘いものと決めつけて飲んでしまうわけです。そのために辛かった場合には驚きと恐怖の心が芽生え、それが数度続くことになれば過去の知覚経験が全く信用されないことになり、コーヒーを飲むときには常に疑心暗鬼に包まれてしまうことになってしまうわけです。
これとおなじように、うずくまって泣いている人を赤ちゃんだと認識しているため、背負ったときにおじいさんだということにひどく狼狽して恐怖を覚えてしまうというわけです。
これが医者より「このおじいさんは赤ちゃんのような泣き声をする変わったおじいさんなんですよ。」と事前に紹介があったらどうでしょう。
それほどまでに恐怖を感じるでしょうか。
次に、ぬりかべ、一反もめんについて考察します。
先ほどの例でお気づきの方も多いのではないかと思いますが、この場合は無生物に生命を与えることでパラダイムをゆがめ、恐怖を具現化させているのです。
無生物に対して生命を与えるということで無生物であったはずのものが恐怖の対象となりうるわけです。
我々は自分達がもとから人間でなかったことを知っています。
また、今いる生物がおそらく単一の生命から派生してきたことも徐々に明らかになっています。
もっと正確に言えば、我々はビックバン以降に偶然できた宇宙の塵です。
地球も太陽も人も蛙も石も鉄もクオークや電子レベルで見ればそっくりなのです。
我々はアイデンティティを求めます。
しかし、世界を知れば知るほど実はそんなものがないことに気付かされるのです。
我々のアイデンティティは消えてしまったのか。
明日朝起きて今日と同じ自分がいることをだれが保証してくれるでしょうか。
妖怪のような異形は、不安定すぎる我々自身の存在に対する我々の不安を具現化したものなのです。
ニーチェは、神は死んだ、と叫びました。
我々が現実を見つめ、強い人間、超人へと変わらなければならないことを主張しました。
しかし、もはや人間だけではなく全ての存在が同一であるという恐ろしい現実の前に人類は立たされているのです。
そのように考察していけば、この歌は人を人という位置から叩き落した妖怪から人類へのレクイエムであるということがお分かりになるかと思います。
ゲッゲッゲゲゲのゲー、みんなで踊ろうゲゲゲのゲ♪
みんなで踊ろうゲゲゲのゲ♪
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