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09年07月30日(木)
暑中見舞い |
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< 紫蘇
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【今日のできごと】
【今日の感想】 暑中見舞いは、文字通り小暑から立秋の前日までの「暑中」に出す時候のあいさつです。 一年で最も暑い夏の盛りに、先方の安否を気遣うはがきや手紙を送る習慣ですので、梅雨が 明けてから出すのが一般的です。また、暑さや涼しさは地域の実際の天候によって変わるので その時の天候にふさわしい表現を心がけるのが肝要です。 立秋を過ぎたら「残暑お見舞い」として出すのがしきたりです。かつては陰陽五行説を由来とする 「三伏(さんぷく)」という言葉を使い。夏の最も暑い時期の時候の挨拶として「三伏の候」が 決まり文句でしたが、次第につかわれなくなりました。 歳時記より
吉野せい 6歳の息子が2銭をせがんだ。友達が皆、持っているのだろう、ヨーヨーが欲しいという。2銭あれば、キャベツが買える。「ヨーヨーなんてつまんねえぞう。じっきはやんなくなっちまうよ」と、母は諭した。諭しつつ、心の中では泣いていたのだろう。数十年の時が過ぎて、母は書く。 これまで何ひとつ親にねだったことのない子が<初めてねだったいじらしい希望であった>と。吉野せいの随筆集「洟をたらした神」である。一遍一遍が土のような、木に肌のような手触りで綴られている。 書棚の隅に埋もれさせていた一冊を久し振りで手に取ったのは、麻生首相のおかげである。 せいは、福島県の山の中で開墾と子育てに生きた。鍬をペンの持ち替え、遠い過去から糸を紡ぐように人生の断片を書き留めたのは、古希を過ぎてからである。活字になったのは74歳の時、大宅壮一ノンフィクション賞や田村俊子賞を受けたのは75歳のとき、そして、2年後に世を去った。高齢者は働くことしか才能がない・・・・・・はずがない。 今年が生誕110年にあたることを、再読の書を開いて知った。失言にも功徳がある。 読売新聞 2009.7.30.「編集手帳」より
ピアノ 乙女の祈り(前奏から) 未成年がある日突然、大人の曲に挑戦しているような感じ 和音をずらして弾く”アルペジオ”なるものが出てきた。 右はじのペダルも踏むという(クラッチではない・最近の車にはない) この曲を一つの到達点にしてもいいかな?これさえ上手く弾けたら・・・オッサンの祈りである。
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| 【記録グラフ】 |
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| 【食事の記録】 |
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