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10年07月15日(木)
花火・その2 |
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今朝の木津川 流れ橋 の様子
【今日のできごと】 このところの豪雨で 宇治川、木津川、淀川が 増水 近くの河川公園はみんな閉鎖 ”流れ橋” は大丈夫 ? 暴れ梅雨の集中豪雨は梅雨の後期に多いと言われるが、今年は初めの頃から、暴れが始まっていたように思う。 京都の あふれた池の水に囲まれた金閣寺や濁流が激しく渦巻く鴨川、など 見慣れないテレビ映像には驚く。
【今日の感想】 日本の ”花火” のはじまりは 江戸時代の1613年、来日したイギリス人が徳川家康を訪ね、花火を献上したのが日本の花火の始まりだそうだ。 その花火は打ち上げ花火ではなく、筒から火花が噴き上がる手筒花火と呼ばれるものであった。家康の鉄砲隊が その技術を覚え、似たモノを作り出したのが、現在の花火の原型といわれる。 1733年、八代将軍・吉宗は、大飢饉で亡くなった人々の慰霊のため隅田川で水神祭を行った。その余興として 花火を打ち上げたのが最初だと言われる。その日は旧暦の5月28日で、隅田川の川開きの日であった。そこで、 毎年、川開きの日には花火が打ち上げられるようになり、夏には欠かせない、お江戸の風物詩となっていった。 美しい花火が打ち上げられると、当時の2大花火職人、「玉屋 」と 「鍵屋」 になぞらえて、「たーまーやー」、 「かーぎーやー」と、たたえるのが このころから始まったという。
火薬は硝石、木炭、硫黄を混ぜ合わせて作られる。7世紀に中国で発明され、世界3大発明のひとつと言われている。 主に武器として使われたことから人類の歴史に多大な影響を与えた。 我が国に伝来したのは、戦国時代の1543年 ポルトガル人を乗せた外国船が種子島に漂着し、鉄砲とともに入ってきた。 それから 約30年後の「長篠の戦」では 織田信長が 3000丁とも言われる鉄砲を用いて圧勝した。 その後、国内でも火薬が生産されるようになった。 BEGIN Japanology より 抜粋
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