yashikiさん
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19年03月07日(木)
鬱病⇒実家へ引越⇒転職⇒通関士として働く |
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2017年に通関士として航空貨物の中堅物流会社(大企業の子会社)へ転職した。給与の手取りは30万、有給休暇毎年20日、完全週休2日、福利厚生多数有。 条件面では非常に良かったが入社して3ヶ月で悟ったのは業務が糞ツマランということ。毎日意味の分からん貨物を?の状態で税関へ申告する毎日。やることはそれだけ。申告にかける手間も海上貨物であれば1時間程度吟味することろを10分とかで終わらせる低レベルさに困惑した。 傍から見れば楽やしめっちゃええやんと言われていたが、どうやら自分には向いてないと思った。唯の平社員として日々同じ作業を延々とやることに今まで経験したことが活かされてない虚しさと悲しさで心が一杯になってしまい入社4ヶ月程度で辞めてしまった。その後、4ヶ月という短い時間で辞めたことに自己嫌悪に陥ってしまい、自分はダメな人間だ、この先他の会社でも社会人として生きていけないだろうし生きてる価値が無いと、辞めてから毎日涙が止まらず悲しさから毎日憂鬱で毎日布団に潜り込み泣いていた。それにやることもないし、趣味も何も楽しめず自殺することばかり考えてしまっていた。 でも死ぬのが単純に怖いとうことと誰かに不安を打ち明けたいという思いで家族に電話して、とりあえず帰ってこいと言われたので、引越しの手続きもする気力も皆無だったので、最後の気力を振り絞って着のみ着のまま財布とスマホだけ持って東京から実家へ帰ることとした。 とりあえず実家に帰ったら母親が辛かったね、良く頑張ったね、とりあえずゆっくりしなさいと言われ、自宅で療養することになり残っていた引越しの手配も兄に全て手配してもらった。(家族の助力には非常に感謝)
それから1週間後に心療内科に行き鬱病と診断され抗うつ薬を処方されることになり半年程度実家で過ごし、そろそろ気持ちも落ち着き、仕事をしたい意欲もでてきたので転職活動を開始した。 転職はこれで5回目でブランクもあり難しいだろうと思ってたが、売り手市場であることと経験のある通関士は結構引く手数多だったので、2週間程で大手化学製品会社の子会社に内定を頂いた。 だが勤務先の条件が大阪と明記されていたにも関わらず、名古屋への配属とされたので実家からまた離れるのは精神衛生上良く無いと判断し辞退することとした。 それから色々求人を見ていたがあまり良い求人も見つからなかったが、通勤時間も比較的短く業務内容にも興味を惹かれるところがあり応募しようかと思ったが年収最低500万円とよくある詐欺求人の匂いがプンプンする会社であったがとりあえず応募したら 書類選考を通り、いざ面接で話をしてみるとガチで通関士を欲しがってるらしく、その理由として新規事業として通関業(国の免許の取得)を取得したいからということで年収を高めに設定したと説明があり、 最低年収の500万はまんざらでも無く詐欺求人ではなくガチ求人であることが分かった。面接での質問事項でやっぱり年収500ぐらい欲しい?と聞かれ、自分は別に年収はそれ程気にしておらず、 DUDAで応募した時年収の下限が500万円となってたので500万円にしたが、業務内容が求人内容通りであれなそちらの提示した年収で問題ありませんと答え、その後最終面接のお誘いがあり、社長と話しをしてすんなり入社することとなった。
とりあえず今日はここまで、ここからが本当の地獄だ・・・・
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