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10年08月27日(金)
オシルシなう! |
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< 茶水
| 玄太2,626グラ... >
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【朝ごはん】(8:30) 菓子パン 【昼ごはん】(12:00)お弁当 レタス炒飯、戦国味噌汁、肉なし筑前煮、枝豆、青椒肉絲 【間食】(19:30)自宅 アイス1/2 【晩ごはん】(22:00)車内 パン
【今日の感想】 金曜朝「オシルシ来ました」のメールを受け取る。オシルシからどのくらいの時間で陣痛が始まり、出産に到るのかというのを調べてみると「数時間から数日です。」という回答。結局、人それぞれなんだな。
夕方、「不規則だが陣痛が続いている」「もしかしたら今夜中に病院に行くかも」というので、残業を1時間程度で切り上げて、一度帰宅後荷物をまとめて小田原へと向かう。
ロマンスカーで一気に小田原に行こうとするが、発券の締め切り時間直後に着いたために40分待たなくてはならない。それならばと「急行」に乗車。通勤時間帯なので混んでいる。 車内では、私の実父母へ「もうすぐかも」の連絡、そして食べてる暇がないかもしれないのでロマンスカーでゆっくり食べようと買っておいたパンをもぐもぐ(ガラガラになる各駅停車に乗り換えるまで我慢しました)。
22時半、相方の実家へ到着。相方には先週とほとんど変わりなく出迎えられる。大丈夫そう? が、周期的に痛みが来るようで、相方はさっそく寝る。私もお風呂をいただき、23時半に就寝。いつも21時には寝てしまう実父から23時すぎに「次の連絡を待っている」とのメールが届いた、びっくり。
眠りについたのもつかの間、24時半「もうどうにもならん」ということで病院へ電話。すぐさまタクシーで病院へ行き、入院することに。タクシーの運転手は深夜なのに女性ドライバー、「子どもを産むのは、車に轢かれたときよりも痛かった」などと言われる。これから産むのに脅さないでください。 病院に着くと、さっそく相方は今の状態を診察。私はロビーで待つのみ。 午前2時、私も「陣痛室」という分娩室へ直結している部屋へ通される。ベッドは5つあり先客は2名、今日は同じ時間帯に集中しているようだ。後にもうひとり来て4人が陣痛室で出産待ちという状況になる。
陣痛に付き添う夫の役割として「妻の腰をさする」「手を握ってあげる」ということをしようとしたが、腰をさすられるのを相当嫌がる、腰に手を置く、手を握るもイヤみたい。手を差し伸べると振りほどかれる、「うーっ」と唸って睨まれるという状況で何もすることができない。たまに飲み物を差し出すくらいでした。陣痛の間隔を計ってみると、午前4時の時点で6分間隔。
たまに赤ちゃんの心音を30分間連続モニターするというのがあるので、席をはずしてロビーの長椅子にて私は4時半から1時間ほど仮眠。戻ってみると妻は四つんばいで陣痛に耐えている。眠る余裕はない感じ、ごめんよ。
6時、医師が来て診察。私は席をはずす、そしてロビーで仮眠45分。さらにごめんよ。 助産師さんが「診察終わりました」と起こしに来てくれたので陣痛室に戻る。子宮口は5センチまで開いたとのこと、入院時点で3センチ。10センチで全開と聞いてたのでまだまだだ。戻ると相方はベッドから降り、アクティブチェアという陣痛器具にまたがっていた。
アサーッ!7時半。 朝の病院食が出て来た、こんな状況でも出るんだ。「無理してでも食べてください。」と言われるが一口も食べられない。牛乳を一口飲んだだけ。だが、陣痛室の他の3人はちゃんと食べている様子(見えないけれど)。 その後も口にしたのはゼリー飲料を一口二口程度。 そういえばこんなに痛がって、うーうー呻いているのは相方ただひとりだ。陣痛室に4人もいるというので阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていると思いきや意外と静か(逆に相方の声だけがうるさいくらい)。みんなまだまだなの?
8時半、心音をモニターするというので席をはずして、義母と義妹(昨年出産を経験)に連絡。 6時時点で子宮口5センチと伝えると、ふたりとも「まだまだだね」との声。いつまで続くんだぁ〜。
10時医師の診察。子宮口は8センチまで開いてますとのこと。5センチだとまだまだと思うけれど、8割となると"いよいよ感"が高まる。このくらいになると本当に痛そうで見ているほうもツラい。お隣りのベッドの呻き声もシンクロしてきて、阿鼻叫喚の地獄絵図か? 相方も「もう耐え切れない」と何度かナースコール。だが、助産師さんもなすすべもなく腰をさすって嫌がられるだけ。
11時「じゃあ診察しましょう」と医師の診察となり、私はロビーへと席をはずしたのであった。
翌日の記録につづく・・・。
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| 【記録グラフ】 |
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