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09年11月02日(月)
虫 |
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< あむあむ にぎにぎ
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まだ冬も終わりきらないのに、那須高原は春のようなバカ陽気が続いている。こんなことは開闢以来はじめてで、 どうにもこうにもヘンテコである。雪の山のテッペンで、そそっかしい冬の神様が自分の衣を踏んずけて転げ落ち、 腰打って動けないでいるのか、さもなければ隣の山の美人神様に 恋をして、フニャフニャになって仕事怠けているか、とにかく馬鹿げた陽気である。 みるみる雪が痩せていく、真っ白い山脈が皺苦茶になって、黒い岩肌があらわれ、 気の毒なほど貧相な山々である。 岸壁に早くも早春の小鳥どもが来ている。チョンチョン飛びながら、岩ひだの去年の苔をむしっている。 そこにもう虫が出てきているにちがいない。 桑っ原はたった九戸の山里の集落である。南へどこまでも緩い傾斜がつづき、家々のすぐ前が畠と牧場で、 そこを一本の県道がとおり、その下は目のとどくかぎり段々畠と水田で、関東平野の北端である。 どの家も北風を防ぐ杉森を背にして、手をつなぐように隣あい、ホカホカ暖かい陽溜りの集落である。 バカ陽気に騙されて、もう梅は満開だし、桃も杏も咲きだしている。芝草の野みちはタンポポだらけで、 道に沿って流れる小っ堀をススススっと鮒やタナゴが下っていく。キラキラ光るまだ冷たい雪代の流れである。 終日もの静かなこの集落は、日に一度、県道をバスが通り、 何日か一度、モノ売りのトラックが魚や菓子を売りにくるほかは、 森で啼くデデッポッポや、ニワトリのつるむ声や、だるそうに牛が鳴くもの音だけがしている。
野道を、遠くのほうから郵便屋が来る。自転車をキコキコ鳴らして、だんだんコッチへ近づいていて、 取っつきの家から郵便を配りはじめる。 郵便屋はどうせ誰もいない家の中へ、「チワぁ」と云って輪投げみたいにハガキを一通ほうりこむ。 どの家のも同じハガキで××代議士後援会からのものだ。 そんなものしか手紙はめったに来ない山里の集落である。 郵便屋は自転車をころがして、庭づたいに隣の家に行く。牛だけがいっせいに彼を見ている。 隣の家でも郵便屋はポーンとハガキを飛ばしてやる。土間へ落ちても構わないで次の家に行く。 どうせ読まれない郵便物である。 三軒目へ行く時、郵便屋は梅の下をくぐって行った。甘い香りがいっぱいで、彼は顔を花にうずめて嗅いだ。 でも、ちっとも匂わなかった。彼は春風邪をひいていたからだ。
その時、梅の小枝から小さな羽虫が落ちてきて、郵便屋の目の中へ入った。 目をこすっても押してもひょっとこみたいに顔を歪めても、取れない虫だった。涙ばかりがボロボロこぼれて、 鼻がつまって、郵便屋は泣いてるみたいであった。牛たちがソレを不思議そうに見ていた。 郵便屋は片っぽの目あいて、井戸端へ行ってバケツへ水を汲み、顔ごと突っこんで目玉をパチパチやった。 でも如何しても虫はとれなかった。
郵便屋はとうとう桃の木の根もとへ坐りこんで、口で息しながら、「アア困ったな、困ったな」と云った。 牛がまだジイッと見ながら聞いていた。
はじめて誰かがきた。籠しょった女が野みちを来て、彼を見つけて云った。 「アレまあ、郵便屋さんでねえの珍しい。そんなとこさ坐って、アブラ売ってンのかね!!」 吉やん家のオカミさんだった。彼女は四十六にもなって七人目の赤ん坊をうんだばかしで、 乳が野良着からはみ出しそうに大きく、吃驚するほど色の白い胸だった。 吉やんはカミさんが赤ん坊うんだのを見とどけると、すぐ埼玉へ出稼ぎに行った。 そして子供たちは、上の方は嫁に行ったり就職したり、下のほうは中学校と小学校で、 昼はオカミさんと赤ん坊と二人きりだった。 彼女は赤ん坊に乳を飲ませに帰ってきたのだ、と郵便屋に云った。 そして郵便屋も虫のことを云った。 「ほんとに困ちゃったオレ」と云った。 ついこのあいだ成人式やったばかりで、郵便屋の服と帽子がよく似合う若者だった。 オカミさんは郵便屋のそばへピッタリくっついて坐り、顔を覗き込んで云った。 「どれ、見せてみろ。ナルホド、ナルホドな。でも、簡単だ。俺ムシとりのベテランなんだ、すぐ取ってやる。 ホレ、俺さ抱かされ、赤ん坊みたいに抱かされ」 郵便屋はすこし不安げに、顔を仰向けにして抱かれていった。 「ホレ、もっとピッタリ抱かされ、乳さ顔おっつけて。そして俺のことも、しっかり抱いてろ」 そうやって二人が抱き合い、オカミさんは指で郵便屋の目蓋ををひらき、 片方の手で野良着から大きな乳房をだして、シュウッと乳を弾きこんでやった。 虫はたわいなく流されていった。 「ホレ、さっぱりしたべ? 俺こうして子供らの目のゴミ取ってやるだ」 オカミさんはまだ彼を抱いたまま云った。 そして目も頬も口も乳だらけのその顔を、袖でやさしく拭いてやった。 「なんてメンゴイ顔だ」 その顔のすぐ上で、オカミさんがとろけるような声で云った。 そして、もっとしっかり郵便屋を抱いて、ポタポタたれる乳房を持って云った。 「ホレ、すこし飲んでみろ。出だしたら、とまんねえだ、飲んでくれホレ・・・・・・・」 乳房が口へ押しこまれていった。ボタボタとあふれ出る乳だった。 耐えられず郵便屋がゴクゴクそれを飲んだ。 「吸え、うんと吸ってくれ。もっともっとだ。そうだ、そうやって、もっと・・・・・・・」 うわずった声でオカミさんが云った。 蜜蜂が二人のまわりを飛び交っていた。甘い乳が、蜂を花からさそいだしたのだ。 オカミさんの手が、服の上から彼の股を撫でていた。そうされながら彼も、ますます強く乳房を吸い、 腕を巻きつけていった。
「サ、家さ入るべ」 オカミさんが彼を捕らえたまま云い、二人はもつれ合いながら家の中へ行った。 郵便屋の赤い自転車が、いつまでも桃の木に立てかけてあった。 そして家の中は、コトッとも音がしない。デデッポッポだけが啼いていた。
作:見山鯛山
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