母が亡くなった うっうう…(;´д⊂) 【10円 さんの健康管理カラダカラノート】

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08年04月19日(土)

母が亡くなった うっうう…(;´д⊂)

< ウォーキング再スタ...  | no title >
以下の文は 母の急逝後、相続問題もひと段落つきつつある
2008年11月29日に書いています。

父が食道がんで逝って二十年。
兄が肝癌で逝って七年目。
兄の七回忌の目前に 母が逝く。
脳卒中と言う事らしい。

++++++++++++++++++
2008年4月19日(土曜日)

朝、9:45、姉から電話。
母が倒れたと言う。
歳も歳なので、倒れたのは今回が初めてではないので
姉は普段から母に もしもの事があっても 自分は感知しないと言い切っていたので
なんで、休日と言うのに 遠くにいてすぐには動けない
私達を振りり回すんだろうか くらいに思っていた。そして、
母もあまりにも我侭な姉に対して、大げさに倒れた振りをしてるのだろうくらいに捕らえてた。



が、倒れいてる母の様子がいつもと違う、
心拍の確認ができない、呼吸も無いという。

姉は、母の倒れた様子のその異常さに 即
救急車を手配し、救急車が到着する時間の間に
我が家に連絡してきた。

母は、姉が洗濯物を干しに行ってる間に
1人で倒れていたようだった。

いつものように母と姉は
痴話話をしながら朝食を済まし、
姉は選択干し場へ
母は朝風呂にゆっくりつかり。。。
お風呂から上がって、そのまま倒れこんだようだ。


姉と私は 母の救急処置のわずかな時間の間を使っての
頻繁に電話でのやり取した。
ほどなく、救急車の到着。

姉からの報告は
救急隊員のいう事には、心肺停止。
救急車で搬送される間も、救命措置をしながら病院へ到着。

搬送された病院の医師が心肺停止、瞳孔が開いているので
生存確率はほぼゼロパーセントと。
その後、すぐに母の死亡確認をしたとの報告を受けたと言う。

姉とのやり取りをしながらの 空きの時間を使って
私は他の兄弟に随時ははの容態経過の連絡入れる。

今朝の今朝で元気でいたのに。
あっと、言う間の出来事、
まるで狐につままれたみたい。

兄弟の誰もが 母の突然の死を理解するには難しい状況だった。
葬儀を出しても、母が未だに亡くなった気がしない。

電話をかけるとすぐに電話口にでてきそうだし、
我が家の留守電テープいっぱいに
蓄音機の故障のごとく、同じ内容の繰り返しの母の声が入っている気がする。

が、母が逝ってしまってから
我が家の留守電テープが
ちっともうまらない。

あーーー、やっぱり母はイナイんだと・・・・
頑張り屋で、柔らか頭で 姉より余程
とんちの効く 気丈な母でした。

足は多少弱くなっていましたが
亡くなる直前まで 台所、買物など
日常生活もこなし、
享年82歳ですが、経済的にも現役のままですから、
ひ孫に至るまで 経済的援助は子から親へではなく
私達がずっと母から受けていました。
裕福なお年寄りと思います。


ぼけることもなく、寝たきりでもなく
何でも自分ででき
まさに、棺おけに自分の足で歩いて入った母です。
アッパレ、おかーちゃん♪

今頃は、あちらで父と兄に会えてるかなぁ。
会えてれば  いいね♪


父や兄から
「早すぎる まだもどっとれー。」
と言われてるかも・・・( ̄m ̄〃)ぷぷっ







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