maruomaruさん
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09年09月17日(木)
貧乏時代を回想してみたりして |
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< 寝たきりの物乞い
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【今日やった運動】 ジムジョギング
【運動した時間】 40分(5.0km)
【新たな発見】 涼しくなったからってジム内のエアコン切られている。 【今日の感想】 やっぱり一週間も間を空けてしまうと身体が固くなる。 昨日は3分でダウンだったから今日こそはと頑張ったが、ゆっくりペースで40分がせいぜいでした。
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昨晩の閣僚記者会見は、これまでの官僚が用意した文面を読むのと違い、 自分の信念と実績を基にした自分の言葉でのスピーチ、情熱が感じられて良かった。 これまでって、その分野を知ってようが、まるで知らなかろうがどうでもよく、 ただ各派閥からバランス良く、当選回数とかを加味した上で選んだ人達に「利権の山分け」するみたいに 大臣席が与えられていたようなイメージ。 でも、信念や志が高くても、唱える理想論がちゃんと機能するかどうかは別問題。だからこそ応援したい。
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昨日の日記を読んで下さったけろけろりんさんがコメント欄にワンクリックで 寄付ができるサイトを貼ってくれました。ありがとうございます。 いろいろな方法で社会貢献ができるようになっているんだなぁーと感心。
実は若い頃の私はど貧乏で、海外留学時代には文字通りの一文無しも体験しているし、 東京の只中で地を這うようなワーキンブプアだったことも。 留学時代には当時の彼だった香港人の家に転がり込み、食費に事欠いても 金持ちタイ人や日本人の友人が手作りのご馳走を食べさせてくれました。 東京貧困時には友人達が何かと救いの手を差し伸べてくれました。 その後も押し寄せる数々のピンチから助けてくれた人達がいたお陰で、今の私はあります。
自分が助けられて生きてきたから、助け合う社会に理想を抱き続けるわけで、 人の不幸や貧困を「幸せな自分には全く関係ない話だわ」ではなく、自分にも起こりうる問題 或いは社会の問題としてとらえ、もてる者がもてない者に少しずつ分ける世であれば、 誰もが安心して暮らせる世の中になるように思えてならないんですね。
経済的に安定した今も、私の心は時々ど貧乏だった頃に立ち返ります。 ヒザが抜けてしまったスエットにアップリケして、大柄のタイ人から譲り受けた体に合わない Tシャツ着て、そこらじゅう歩き回っていた頃の私。 寮の誰かがピザやチキンの丸焼きなど買うと、決して一人で食べたりせずに必ず大声で皆を呼び集め、 みんなでちょっとずつ分けて食べたものです。その美味しかったこと! みなそれぞれ貧乏学生だったのに、なぜか食べ物や飲み物を分けるのが当たり前の習慣になっていました。
助け合って生きていた若い時代の思い出が今の私の糧になっています。 私を支えてくれた人々の善意を思い出しながら、助けてくれた人達に恥じない生き方をしなくちゃ と常に思っています。イマイチ行動が伴ってないけど・・・。
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