maruomaruさん
最新の記録ノート
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10年02月05日(金)
リコール |
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去年からアメリカで大騒ぎになっていたトヨタのブレーキ不具合、他岸の火事と思っていたら 今度は日本生産のプリウスです。泣きっ面に蜂どころか、これからの時代のトヨタの屋台骨となるはずの 商品にケチがついてしまい、トドメみたいなダメージにならないか心配です。 トヨタに縁はありませんが、日本経済に大きく影響しますし、海外の日本車イメージそのものが落ち、 他社であっても販売数が落ちるのではないかと危惧するからです。 しかし返す返すも、対応の遅れが残念。 アメリカで起きた悲惨極まりないブレーキ事故の911記録がそのまま残っていて、 それがテレビで報道されてしまった時点で、消費者が受けた衝撃はマックス値に達していたのだから。
私は栃木に暮らしていた頃、外国製の車に乗っていました。 別にかっこつけてたわけでも、見栄を張っていたわけでもなく、過去の自分の運転実績から判断しても 私は必ずいつか事故を起こすだろう。そしてそれは生易しいものではない、というのが予期できたからです。 こんな運転不適合者である私はできれば車になんか乗りたくない。でも地方に住む者に選択の余地はない。 もし事故を起こした場合、柔らかいボディで衝撃を吸収するタイプの日本車では、私は潰れる可能性がある。 大きな衝撃を全身に浴びることになっても、硬いボディの方が(私の場合は)安全か?と素人頭で考えた結果の外国車でした。
この車が一年後に困ったことになります。 ある晴れた休日、滝なんぞを見るために田舎道をドライブしていた時のこと。 「おや、ステアリングハンドルが重い」 と思った途端、ハンドルは両手で抱えないとビクともしないくらいの重さになってしまい、 あれよあれよという間に、ついには私のバカ力でも動かぬ事態に。 大パニックですよ。田舎道だけにスピード出てるし。 後続車もいないのですからブレーキかければいいと思うでしょ? パニックの真っ只中にある人はそういう簡単なことに気付かないんです。少なくとも5秒くらいは。 結局緩やかなカーブすら曲がりきれず、収穫が終わった後の田んぼに突っ込んで停車しました。
その頃、私は日系自動車会社に専属通訳として勤務していましたから、研究所や工場の各関係部門の 知り合い達に相談し、不具合の考えられる要因をまとめました。 それをディーラーに送ったんですけど、「無料で修理します」と明らかに非を認めてる割には 不具合の原因や不具合の実態については明かしてくれませんでした。 結局、リコールの発表が新聞に出たのは半年以上経ってから。 その時思ったものです。例え私が事故に遭って怪我をしていても、最悪死んでいても、被害件数が少ないうちは 動かないんだなーと。或いは、報告が本社や製造ラインにまで届くのに半年かかったのかもしれません。
それに比べたら、私の勤めていた自動車会社はえらかった。 機密ばかりですから大まかにしか書けませんが、フルモデルチェンジの車種がいよいよ量産間近になった頃の ある会議で、海外製造工場の担当者から、危険な事故につながる可能性がある不具合の指摘を受けました。 プロジェクトのトップの顔が緊張にこわばります。 すぐに関係する部品の担当者、設計者達が呼ばれ、仕入れ担当者も駆けつけてきました。 それは私から見れば「よっぽど最悪の条件が重ならない以上、そんな事故は起きないんじゃあ?」程度の問題だったんです。 ですが、工場要員も研究者達もみんながたくさんの意見を言い合い、数時間後には量産延期の決定が下されました。
量産直前の延期とは大変なコスト発生を意味します。すごい損失が生まれます。 部品の見直し、設計変更、それに伴う周囲設計の変更、改めて検証試験の実施、工場のライン変更、 本社側の広告宣伝、イベント等予定の変更、世界中の支店での販売日程変更、等々。 私が思い浮かべるだけでもこれだけの大変さ。 それでもあの日、たった数時間でこの決定が下されました。
この会社に入ってみるまでは、創業者で有名なこの会社のユニークな社風や哲学に対して半信半疑でした。 だから「この目で確かめたいので雇って下さい」と直にお願いに行ったのが縁の始まりでしたが、 入ってみたら本などで書かれている以上に魅力的な会社でした。会社も人も、生み出す車もどれも面白かった。
あの会社を離れてからもずっと熱いファンでい続けています。 5年もブランクがある私に未だにラブコールを送ってくれる彼らに感謝しつつ、別の道を選択しようと していますが、どこにいてもずっと応援していると思います。 企業に恋するなんて、生まれて初めての経験ですが。
渦中のトヨタも、不死鳥のごとく甦る体力を持っていると信じたい。
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