maruomaruさん
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10年01月18日(月)
KYについて思う |
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| 洗濯機、各国の事情 >
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普段何気なく使われてる言葉には時代や風俗やいろいろな要素が反映されるものです。 「~でよろしかったですか?」 こういう婉曲的な不思議な敬語が生まれたのは、人間関係が希薄になった現代社会の若者が 他者を傷つけたり不快にさせることを極度に恐れるから…なんて言われています。
それなのになぜと私は思うのです。 KY、この流行語。 「空気が読めない」の略語で、一時期の多用ぶりに比べたら最近は減っているものの、 私はこの言葉を聞くたびにションボリしてしまう。悲しく、そして怖くなります。
この言葉は、大勢の意向あるいは意見に沿わないものはダメという、とても偏狭で排他的な言葉です。 強調を重んじ、それからはみでる者は排除という、考えてみれば日本的な言葉とも言えます。
例えば商品開発会議が夜の8時まで長引いていたとします。 参加者も司会者も早く帰りたい。 司会者はさっさと締めに向かって司会進行していて、参加者も時計を見ながら「何とか観たいテレビに 間に合いそうだ」とか「合コン間に合う」とか「子供はまだ起きてるかな」なんて各々思ってるところへ、 一人の技術者が開発商品のとんでもない不具合の可能性に気づいてしまったとする。 そこで手を挙げれば会議は2時間は延長になる。でも手を上げれば「空気読めよ~」と非常識呼ばわりされる。 会社にとってどちらが良いか? KYがたくさんいる社内の方が議論は活発化され、アイディアもたくさん出ますから 会社にとっては有益に決まっているのですが、KYという言葉は多様性を許さない。
KYという言葉を聞いて私が連想してしまうのは日本が起こした過去の戦争です。 大袈裟かと思われるかもしれませんが、KY思想はそこにも絶対につながっている。 国が一斉に一つの方向に向かって突き進んだ時代、英語は敵性語だなんてことになって、 それまで普通に使っていた英単語を一つ言っても「お前、スパイか?」なんて言われた集団発狂の時代。 戦争に反対する者がアカと呼ばれて逮捕され、拷問死させられてもそれが正しかった恐怖の時代。 これが過去の話で済まないのは、こういうことは現代にも起きているから。 自身の経験でも、戦争反対を唱えただけで「お前はアカなのか?」と聞かれてゾッとしたことがあります。 911直後のアメリカがそうでした。とっても最近のことです。
いろいろな意見や考え方、個性があってこそ一つの成熟した社会、国家です。 私が中国を好きになれなかったのは、汚いからでも臭いからでもなく、一つの考え方しか 許されない国だったからです。共産党至上主義。それに反したら命さえ危うくなる国だったからです。 でもそれは人の国だからいい。日本はああなってはいけない。逆行してはいけない。 KYなんて残酷な言葉で方法で、人を抑え込むような情けない国にならないで欲しいと思います。
こんな私は、言うまでもなくKYです。 100万人の人に嫌われても空気なんて読んでたまるかと思ってます。 嫌なことは平気で断ります。全員が「Aがいい」と言ってもBがいいと思えば「B」と言います。 ライブハウスで全員が手拍子をしても、したくなければ一人でニコニコして立っています。 難しい人だなぁと思うより、裏表が無くって分かり易いと理解していただけるとお得です。
KYなんて言葉が市民権を得ない国になれば、この国からはストレスが激減するだろうになー。
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