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10年02月15日(月)
粗食 |
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< 有意義な休日
| 疲れた >
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今、エアロバイクのお供に「粗食」に関する本を読んでいる。 近年、食品添加物の摂取量が数十年前までに比べて飛躍的に増え、 防腐剤や甘味料等自然発祥のものでない添加物が大量に使われており、 それを食べている我々はもはや添加物にどっぷり浸かった生活を送っている。 この本は、健康な食事生活に主眼を置いたもので、 減量、ダイエットとはちょっと趣旨が違うが、 自分の立場から言えば、ちょっと不健康ではあったがどうにか減量に成功し、 今後体重維持しながら今後の永い年月を過ごしていく上で、 健康であること、人間らしい食事の追及は悪いことではないだろうと、 購入してみた。 まだ半分ほどしか読んでいないが、なかなかに興味深い書いてあった。
人間は住んでいた土地によって健康な食事というものが全く違うという。 日本は昔より農耕を主とした民族で、気候、風土から稲作が栄え、土地の利として海産物、野菜、山の幸にも 恵まれていた。動物の肉は、毎日食べるほどの文化がなかった。 これに沿った食生活こそが日本人らしい、健康的な食生活だという。 言われてみれば確かに思い当たる節がある。 自分の祖父も祖母も、秋田の地で、80年も生きてきたが、 その食生活は、親父から聞く限り今のものよりも質素で偏っていた。 「食べれるものがあるからを食べる。」というとても単純な食生活だった。 なにはなくとも米だけはたくさんとれるから3食ごはんを何杯も食べ、 味噌や豆腐、漬物は、保存食として自分の家で作って食べる。 春はフキノトウ等の新芽野菜、夏はトマトやキュウリ、冬は根菜をおかずに、 近くの川でとれた魚やドジョウを煮たり焼いたり。 それでいて80まで生きたというのだから、生活習慣病で早くに命を落とす現代の人たちに比べれば、 大往生だった。まさにそのような食生活こそ健康的な食事であったのではないだろうか。
今の自分はこれとまったく逆行した食生活を送っている。 スーパーに行けば冬でもトマトが買えるし、 一生懸命カロリーを計算し、栄養素を確認して、一日にたくさんの種類の食べ物を口にし、 カロリーコントロールしやすいように、カロリー表記のある、工場で生産された添加物が大量に含まれた 食品を求めている。 一日のカロリー収支に一喜一憂し、それでいてさほどカロリー収支の結果が自分の体重に与える影響を実感しえていない。 はたしてこのままでいいのだろうかと思うこともある。 しかし、カロリー収支という面からみると、農作業に勤しんでいた祖父や祖母は、現代の人たちに比べて 圧倒的に肉体労働量が多かったはずだ。 それに見合っただけの食事量だったとすれば、現代の人たちは多くがサラリーマン、 デスクワークや車の運転、時には一歩も外へ出ないでも済む日すらある。 自分もまさにそういった職業である。 そういう観点からすれば、祖父や祖母さながらの食生活を送るにはちょっと食事量が多すぎるきらいはある。 そこではやはりカロリー収支という考え方は必要なのだろう。 ただし、あくまでも自然体な食事を基盤にした上でカロリーを見直すべきなのであって、 カロリー収支と犠牲に食品添加物を大量に摂取する食事が健康であるとは考えにくい。 手段が先行し、目的が見失われている。 そもそも何のためにカロリー収支計算が必要なのか。 毎日の繰り返しの生活の中で、意識していないと忘れてしまうほどのことであれば、 それはさほど急を要していないし、必要ないことなのかもしれない。 そんなことに時間を割くなら、もっと人間らしい生活を送るにはどうしたらよいかと 悩むことに、時間を費やすべきではないか・・・。
この本を読んで考えることは多い。
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| 【記録グラフ】 |
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| 【食事の記録】 |
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