南京大虐殺記念館 -前事不忘、後事之師-【maruomaruさんの健康管理カラダカラノート】

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09年11月09日(月)

南京大虐殺記念館 -前事不忘、後事之師-

< ワインとトマトとメ...  | 中国を写真で紹介 >
南京大虐殺記念館 -前事不忘、後事之師- 画像1 南京大虐殺記念館 -前事不忘、後事之師- 画像2 南京大虐殺記念館 -前事不忘、後事之師- 画像3
4年間の上海滞在中、ずっと心に引っ掛かりながらも避け続けてきた記念館に行って来ました。
後回しにした夏休みの宿題を、始業日前日に泣きながらやり終えた、そんな気持ちです。

日本でも未だに賛否両論な南京大虐殺記念館。
その名前を口にするだけでもやもやした罪悪感と、糾弾されることに対して感じる反発感、
「大虐殺」という言葉の激しさに対する戸惑いなど、日本人を複雑でまがまがしい気持ちに
させてしまうこの記念館。
それは、今でこそ大人しくて礼儀正しいと世界に知られる日本人の最もダークな部分、
「なかったことにしたい」過去が公に晒されている場だからだと思います。

今日は初めてこの南京大虐殺記念館を訪れた私がみたもの、感じたことを書いてみます。
かの記念館に行ったことがある人もない人も、読んで下さいましたら誠に幸甚。

記念館は入場料無料です。
土曜日なので、多くの中国人観光客が、大規模改装後のキレイな館内にゾロゾロと入っていきます。
私達を連れていってくれた夫の仕事仲間、南京支社のIさんが「館内では日本語は喋れない雰囲気ですので」
と軽く釘を刺します。目立たぬよう地味な服装をしてきた私も緊張して館内へ。

まず、南京大虐殺の概要説明の大パネルがあり、日本軍が中国に行軍、侵略してきた経緯や
ルートなどが展示されるスペース、そして虐殺、強姦に内容は移っていきます。
犠牲を辛くも免れた市民の証言や、当時の日本及び海外のメディアが取り上げた記事を基にして
形成されています。
この頃は日本の新聞が連日日本軍の活躍をとりあげていましたから、日本の新聞が目立ちます。
百人切りを競う二人の日本兵の大きな写真の前で足が止まります。
後に南京で裁判にかけられ、縛られた手を頭上に上げて天皇陛下万歳を叫びながら
死刑に処されるこの二人が、日本刀を杖にして誇らしげに立っています。
後ろ手に縛ってひざまずかせた中国人の後ろで、日本兵が刀を振り上げている。その後ろで
若い日本兵達がそれはそれは愉快そうに笑っている。
そして死体、死体、死体。
うずたかく重なる死体、ハエでも殺すように気軽に殺された農民の死体、
切り離された頭部に面白半分に煙草をくわえさせられた男、幼子の死体、そしてまた死体。
強姦写真などは女性としてやりきれず、涙がこみあげますが、泣いてしまうと展示の文字が
読めなくなってしまう。腹にグッと力を込めてこらえ、全部読み終えて振り返ると、
お互いを支えあうように身を寄せながら参観していた中国人老夫婦が涙を流していました。

更に進むと、次は当時南京に住んでいた外国人の証言や、赤十字活動など、彼らが行った
中国人保護の功績が称えられています。ドイツ人(しかしナチス党員)ジョン・ラーベを筆頭に、
アメリカ人牧師、デンマーク人ビジネスマン、ソ連人、イギリス人などが当時南京に居合わせ、
市民を日本人の虐殺や強姦から守ろうと安全区を作り、あの手この手を尽くしています。

更に進むと今度は中国における抗日運動の台頭の紹介。
ここは共産党のスローガンに埋まるだろうと思っていたら、意外にもあっさりと抑えたものでした。
もともと南京が国民党の町であったことも原因ではあると思いますが、それ以上に歴史を
脚色したり党利用しないことによって、世界の人々に正当に判断してもらいたいという
良識的な考えが働いたことによると私は読みました。

次に日本の敗戦、戦犯の処刑等の記事や写真が並び、舞台は戦後へと移ります。
年老いた日本兵の証言が実名、写真入りで紹介されています。彼らの勇気に敬服します。
そして、日本でこれまでに行われた南京関連の裁判、デモ行進や市民、有識者による活動などが
丁寧に紹介されおり、この記念館が日本を糾弾するためだけの反日博物館でないことが分かります。
最後の展示部分は、その後の中日関係。政治、経済、ODAなどの分野が紹介されていますが、
ここに辿り着くころにはみな疲れて飽き始めてもいるのか、ちゃんと足を止めて見る人は残念ながら
ごくわずかです。ここ、ちゃんと見て欲しいんだけど・・・。

出口を進むと、いきなり真っ暗な広い部屋に出ます。
周囲にはロウソクを模した黄色い電気が瞬き、亡くなった人々の魂を表しているよう。
その突き当たりに大きな碑。そこにはこう記されています。

  让白骨可以入睡 白骨に安らかな眠りを
  让冤魂能够安眠 罪なく奪われた魂に安眠を
  把屠刀化铸警钟 刀を鋳造して鐘を作り
  把逝名刻作史签 死者の名を歴史に刻もう
  让孩童不再恐惧 子供達が二度と再び恐怖に怯えぬよう
  让母亲不再泣叹 母親が二度と再び悲嘆の涙に暮れぬよう
  让战争远离人类 人類から戦争を遠ざけ
  让和平晒满人间 人々の上に平和をあまねく降り注ぎ満たそう

私の和訳なんかですみません。できるだけ私情が入らぬよう、直訳しました。

記念館を参観した中国人達が何を感じるかはそれぞれだと思いますが、私はこの記念館の
構成、内容から、制作に関わった人々の平和への強い願いを感じ取りました。
それは日本や個人の戦争責任を問うたり責めるものでは決してなく、南京という古都を
襲った惨劇、そこで失われた多くの命を記録することで死者を慰め、未来に活かそうという願いが
込められているのだと。館内のあちこちで見た言葉にそのまんま表されています。
「前事不忘、後事之師」過去を忘れず、未来への教訓とする
それは沖縄のひめゆりの塔や、広島の原爆記念館と全く共通する思いではないでしょうか。

(じゃあ、中国共産党が少数民族に対してしてることはなんだ?という疑問は今は置いておきましょう。
話がややこしくなってしまいますからね)

日本が中国に侵攻した時代、中国も国民党と共産党軍の二つに分かれて戦う混沌とした時代でした。
住民票だってなかったような時代です。大虐殺の被害者人数は定かであるわけがないし、
写真だってその出所が明確なものばかりではないでしょう。
しかしそれでも事実は変わらない。
世界の常識となっている南京大虐殺を否定するのではなく、重すぎる過去として受け入れ、背負い、
戦争や殺し合いなど無い世界を作るステップにするのなら、無残に殺された魂も、そしてそんな時代に
生まれてしまったために殺す側になった人々の魂も浮かばれるのではないでしょうか。
そういう未来形成に尽力したなら、背負った過去の荷物は軽くなり、いつの日か消えるでしょう。

さて、広い敷地内にはそのほかにも遺骨発掘現場がそのままの状態で展示される展示館があったり、
日本の漫画家が催している「漫画で表す私の8月15日」などが開催されています。
この「私の8月15日」なんですけどね、日本でも著名な漫画家たちが作品を展示しているのですが、
大虐殺記念館で南京の悲惨な状況を目の当たりにしたあとで見ると、「なめてんのか?」と
思わずにはいられないのです。だって、「同じ戦争」というククリで展示してるみたいなんですけど、
悲惨さの度合いが悪い冗談かと思うほどに違う。しかも漫画です。ましてや日本は加害者側なのに
ややもすれば「私達も戦争の被害者」と言わんばかりの内容に会場は白けムード。
「ピース」とか「世界に平和を」なんていう綿菓子のような甘い言葉が色とりどりに踊るポスターを
大虐殺記念館を見た後の中国人が目にしたら、「おまえが言うな」と言うでしょう。
とても悪い冗談に思えました。できれば中国人に見て欲しくないとすら思うほどに。

全てを見終わったとき、空は夕暮れていました。
「懺悔と慰霊 日本の一老人」なんて石碑や、平和の塔を遠くに見ながら、
やっと来ることができたのだなぁとホッと一息つきました。これで日本に帰れます。





【記録グラフ】
目標実施(1:できた 0:できなかった)
0
目標実施(1:できた 0:できなかった)() のグラフ
体重
51kg
体重(kg) のグラフ
 
コメント
hana_511 2009/11/09 18:00
maruoちゃん、素晴らしいレポート、ありがとうございます。
最後まで一気に読んでしまいました。

南京大虐殺記念館が、平和への強い願いが込められた施設であることがわかって、ちょっとだけ救われた思いがしました。そして、たしかに最後までちゃんと見てほしいですよね。日本人としては。漫画の展示館も、余計かも。

事実と向き合い、過ちを認め、償いの気持ちを表すーーー人として当たり前のことなんですけどね。一個人なら、みんなそうしてると思うのに、国や宗教が絡むと、当たり前のことが出来なくなってしまう。国や人種や宗教が違っても、平和を願う気持ちは、みんな同じはずなんですけどね。

これだけ重い内容だと、見学するのも、すごくエネルギーが必要だったんじゃないですか? お疲れさまでした。これで、心残りなく日本に戻れますね。よかった。
 maruomaru 2009/11/09 20:38
hanaちゃん、こちらこそ長くて重いのに読んでくれてありがとうーー!
読んでくれる人、いないだろうなぁーと思いながら書きました^^;。

記念館が打ち出すメッセージが「平和」だとしても、あそこを訪れた中国人が
どのような感想を持つかは分からなくて、それはもう一直線に「日本憎し」と
なってしまう人も多いとは思います。それは残念ではあるけれど、責められませんね。
ただ、本当にひめゆり記念館や原爆資料館と同じ存在理由だと思いましたよ。

自分にとても都合の悪い事実を認めるって勇気の要ることなんですよね。
国家間となれば面子だけでなく、多岐に渡って影響がでてくる。ですが、それがネックとなって
二つの国にいつまでもわだかまりが残るのだとしたら、国益を損なうだけだと思います。
そもそも中国は戦争責任の追及も賠償も求めないととっくの昔に決めたわけですから、
日本が過去を認め正式に謝罪したからと言って、失うものは何もないどころか、却って
見直されると思うのですが・・・ダメなんですかね?

確かにすごーく疲れました。精神的にヘトヘトになります。
お陰でぐっすりと眠れました。怖い夢をみる事もなく・・・^^。
ブルドッグ 2009/11/09 21:17
感性の鋭いレポート久しぶりに読んだ感じです。
読んでいる途中で廣島原爆資料館を思い出していました。maruomaruさんも同じような感触をもたれたのを読みホッとしました。
つらいけど事実は事実としてしっかり受け止めて行かねばならないと改めて感じています。原爆資料館へアメリカ人夫婦を連れて行ったときの彼らの反応を思い出しました。・・・
 maruomaru 2009/11/09 23:21
いえいえ、お恥ずかしい。
ちゃんと人の心に響く文章が書けたらいいのになぁー、長くて苦痛なだけの文章に
なってしまってるだろうなーと心の中で申し訳なく思いながら書いていました。
読んで下さって本当にありがとうございます。嬉しいです。

原爆資料館にアメリカ人夫婦を連れて行かれたんですね。
彼らが、美しくも、かっこよくもない戦争の現実を広島で見てくれたのなら、
日本人としては嬉しいですね。
私もアメリカ人を東京江戸博物館に連れて行ったとき、たまたま東京大空襲写真展を
やっていました。彼は「東京でこんなに人が死んだなんて!」とこちらが驚くくらいの
ショックを受けていましたが、人が死なない戦争があるわけないですよね。
はりそん705 2009/11/09 23:14
本当に。
重厚感あるレポートありがとうございます。

やってしまったことは事実。
戦争だったからじゃ済まない部分。
悪いのはどこだ!日本だ!アメリカだ!中国だ!etc…。
って言っていられません。
戦争を起こした人間の罪であり、みんなが被害者です。

先日も触れましたが、アリゾナ記念館(ハワイ・真珠湾に沈む戦艦アリ
ゾナの上に建てられた)に船で渡る前に、事前に陸地にある別館で当時
の日本軍の攻撃の模様(当時の映像)が流れます。
いたたまれない。ほかに日本人はいなかったせいもあって、その場にい
る人々の視線が痛かった。
ほかにパンチボール(アメリカ軍人の墓地)も慰霊(献花)に行きまし
たが、たくさんの墓標がありました。
多くに犠牲があって今の平和があるって本当に思います。
沖縄の旅の最後に“ひめゆりの塔”等の戦跡を巡ったのも、そむけては
いけない事実ですものね。南京に行かれたmaruoさんの気持ち分かりま
す。

平和。
誰もが願うこと。
思いやりと感謝の心が、平和な心を育てて良い社会になってほしい。

平和を願います。(^人^)
 maruomaru 2009/11/09 23:37
はりさんもありがとーー!
パールハーバー、いたたまれなそうです。
日本人でそのアリゾナ記念館に行くのは覚悟が要りそうです。
私も地味な服を着ていましたが、日本人と分かる人もいるみたいで、顔を
じろじろ見られました。睨み返したけどねー。(気の強さが出てしまう・・・)

ほんと、戦争で幸せになる人って本当に誰もいないんですよね。
自分があの時代に生まれていたら・・・そう思うとゾッとします。
女だったら千人針を塗ったり、日本が南京で虐殺をしている様子を新聞で読んで
熱狂していたかもしれない。男だったら戦功を上げようと、或いは上官に命じられて
虐殺をしてるだろうし。そんな時代に生まれなくて本当に本当に良かった。

この世から戦争が無くなる日なんて来ないかもしれないですが、私達の国がよそを
再び蹂躙することなく、そしていかなる戦争にも参加しないでくれるといいと切に祈ります。
私も平和を祈ります。(^人^)
浜ジョー 2009/11/09 23:17
漢字、ヨメマセン。ゴメンナサイデアリンス。
-----------------^( ToT)^ 
 maruomaru 2009/11/09 23:39
アハハハ、浜ジョーさん、今日は逃げないでくれたー。
来てくれてありがとうでありんすー。
steed 2009/11/09 23:39
目をそらしてはならない現実、時が経っても忘れてはならない出来事だと思います。そうでないと また いつの日か繰り返しかねない、人間のあさましさ、愚かさがヒトを不幸にするかもしれない。
目の前で肉親が、親、兄弟、愛する我が子が迫害を受ける様は、想像を超えてことばもありません。
 maruomaru 2009/11/10 00:10
全くです。
中国人から良く聞いた言葉が「日本人の若者が戦争に無関心だったり、全く無知だったり
することが私達中国人の心を更に深く傷付ける」。
戦争中に日本国内で起きた数々の悲劇と共に、中国やアジアの国々で日本がしたことも
いつまでも記憶してなくてはいけないと思います。何の落ち度もない彼らが受けた理不尽で
壮絶な仕打ちを忘れたり無かった事にして、自分達の被害だけを訴えるのは
許されることではありません。本当に、想像を超えて言葉もありませんね。
ああそう 2009/11/09 23:58
とても丁寧にレポートして下さいました。
私の実父は92歳で、満州におりました。
まさにその時代を生き抜いてきた世代であります。
多くを語らない父ではありますが、
たった一人だけ戦友の方がご存命で会いに出掛けていきます。
我が家に来た時も二人で多くを語りません、ただお茶をゆっくり飲んでいるだけ。
その時代の事など思い出したくもないが「戦争はいかん!」という言葉に
すべて集約されています。
 maruomaru 2009/11/10 00:23
ああそうさんのお父様の言葉には、お父様が戦中に見た事、感じた事のすべてが
集約されているように思います。
私の母親も満州におりました。命からがら引き上げて来ましたが、帰国後すぐに
病気に倒れ、祖父は亡くなったそうです。
戦争を知る世代が段々と少なくなって、そうなると日本は変な方向に進むのではないかと
不安に感じています。今後どうやって戦争の恐ろしさを若い世代にバトンタッチして
行けば良いのでしょうね。
lionmarue 2009/11/10 05:03
建物の廻りの雰囲気が明るそうなことが私の心を少しホットさせました。
「日本漫画・・・」という文字がシラケさせますね。
ご苦労様でした。
 maruomaru 2009/11/10 10:19
泣いてる中国人も多かったですが、「観光地」として遊びに来てる人も多かったですよ。
流石に中は沈鬱でも、外では死体をリアルに再現したモニュメントに家族が腰掛けて
ミカン食べたり写真撮ったりしてました。

漫画・・・ってどうしてもユーモアが漂ってしまうものですね。あまり人が入ってないのが救いでした。
けろけろりん 2009/11/10 09:40
maruomaruさんお疲れ様でした。
戦争には何の意義も正義もありません。
私たちの世代で戦争という愚かしいことに日本が加担することがないように
する責任がありますよね。
 maruomaru 2009/11/10 10:27
けろりんさん、ありがとうございます。
意義も正義もないですね。ただの人殺しです。それも大量の。
普通の社会での殺人は罪になるけれど、戦争での殺人は戦功になる。間違ってますよね。
戦後70年近くなると、おそるおそる戦争に加担しようなんて思う輩が出てきて、
憲法に手を加えようとしたりする。そんな動きを絶対に許してはならないと思います。
こんなはずじゃない 2009/11/10 10:16
お疲れ様でした。
本当に、本当に、殺し合いも、自殺も、全て無くなるよう。
皆が互いの尊い命を大切にすることができるよう。
思いが伝わりますように。
 maruomaru 2009/11/10 10:36
こんなちゃん、今度は二日酔いしなかった?朝まで飲むなんて体力あるなぁ。

命は尊いもの。
自分の命と全く同じ重みで他人の命がある。しかしそれは建前。
実際は同じ命なのに国によって軽重が変わる。
中国人や韓国人の命が日本人にとってはまるで犬、猫以上に軽かった時代があったし、
今ならば、アメリカ人の命に対してイラク人、アフガン人の命はグロスで幾らって感覚でしょう。
戦争が起こると人の命の値段が変わる。人間の醜い潜在意識が価値観や判断基準の全てになってしまう。
殺し合いなんて無くなるといいね。

YGT 2009/11/10 16:33
拝読しました。
普段年に数度テレビや雑誌で戦争のことを思い出すだけだなあと。
反省しました。
帰国されたら詳しくお話を聞かせてくださいね。
 maruomaru 2009/11/10 17:41
私だって普段はそうですよー。
中国に住んだお陰で、常に自分が日本人であることを意識させられ続けました(^^;)。
特に小泉首相の頃は彼の発言やら靖国参りで私達の片身が狭くなるので、ヒヤヒヤでしたよ。
過去の戦争や現在の戦争、民族闘争などに目が向き始め、争いが起こるメカニズムなどに
興味を持ち始めたのも中国に来たお陰かもしれません。その延長で、来る前はグローバル化を
支持していたのは今では不支持。4年で随分私も変わりました。
grill 2009/11/10 22:20
maruomaruさんが感じたことがヒシと伝わってきました。
中国に住まわれたからこそ、日本人としての自覚を強く持ってらっしゃるのですね。
戦争の記録は次代への戒めですが、どれだけ記録を積み重ねても実際の戦争の方が悲惨には敵わないのでしょうね。
21世紀になっても戦争は悲惨の極みです。
一日も早く、地上から戦争がなくなることを願います。
 maruomaru 2009/11/10 23:45
grillさん、拙い文章を読んで下さってありがとうございます。
戦争を経験していない私には、戦争犠牲者やその家族の気持ちなど、とてもとても
想像しきれるものではありません。それでも、物体となって転がる遺体の全てに
それぞれ愛する家族がいて、幼少時代の思い出があり、好きな食べ物があり、歌があり、
たくさんの笑顔や泣いた夜があり、夢があり、未来があったのに・・・そう思うと胸が
苦しくなりました。人は人に対して、なんて恐ろしい事をするのでしょう。

人がいる限り戦争はなくなりそうにないですが、愚かな戦いで人類の未来を閉ざす前に、
知恵を結集して共存の道を模索できればいいですよね。私も願います。
そらくん 2009/11/11 08:34
maruoちゃん、行ってこられたのですね?
一気に読んでしまいました。
中国に対しての日本の責任について、旦那と話したことがありました。
私は勉強不足で教えてもらうだけでしたが、旦那が「早く日本は謝ってほしい。自分に身に覚えのないことでずっと責められるのは嫌だ」って言ったことを思い出しました。
ちょっと軽薄に思われるかもしれませんが、戦争を知らない私たちにとっては正直な気持ちです。
こないだ、「戦場のピアニスト」を見ました。
列を作って歩いているユダヤ人をドイツ兵がランダムに何人か選んで地面に伏せさせ、順番に頭をピストルで撃ちぬいていくシーンがありました。
最後の人は、弾がうまく出ず、一瞬時間が止まります。
でも、結局は打ち抜かれてしまうのです。
人間の命や気持ちが踏みにじられた瞬間でした。
しかし、ドイツは自分たちの罪を素直に認め、「アウシュビッツ」などの施設を隠さず公開しています。
虐殺の事実は同じなのに、日本人としてはずかしいと思いました。
南京大虐殺記念館は日本が行うべきものじゃないかと思います。
私の父もシベリアへ5年も抑留されていた一人です。
今、「不毛地帯」というドラマをやっていますが、それを見るたび、戦争は終わっても、人の心はそう簡単に癒されるものではないと感じます。
maruoちゃん、丁寧なレポートありがとう。
お疲れ様でした<m(__)m>

 maruomaru 2009/11/11 18:07
そらくん、嬉しいコメントありがとう。ちょっとウルッときちゃいましたよ。
「自分の身に覚えのないことでずっと責められるのは嫌だ」と私も何度思ったことか!
中国という国の内部事情もあるんです。
彼らは自国の政権や指導者を批判することが許されていない。
だから、他国に八つ当たりをする傾向がものすごーくあります。
その対象は常に日本で、ユーゴスラビアで中国大使館が誤爆されてから数年間は
アメリカ、オリンピック聖火リレーを邪魔されたという理由で五輪の頃はフランスが加わり、
最近では韓国人が嫌われています。
でも、そうは言っても、日本は十分嫌われることをしてしまったと痛感しています。
本当にちゃんと謝って欲しい。そこから先は、今度は中国人の資質が問われる事になると思います。

戦場のピアニスト、私も見ました。
ドイツも日本とよく似た、他に類を見ないような残虐な他民族虐殺の過去がありながら、
戦後の対応は大きく分かれてしまいました。残念ですね。
謝罪せずにODAだとか企業の貢献などで誤魔化そうったってそうはいかないでしょうに。
そうやって後ろめたいから援助を続けてきたんだから、だったら謝ればいいのに。

そらくんのお父様はシベリアに5年も抑留されたんですね。
不毛地帯、私も読みました。よくぞ生きて戻ってらした!!
日本人が広島原爆資料館をできるだけ多くのアメリカ人や核保有国の人に見て欲しいと
願うように、南京大虐殺記念館を多くの日本人に見て知って欲しいと中国人は願っているでしょう。
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